疲れた時こそ、「自律」の意識を。

自分を律すること

こんにちは。

年子を育てる30代です。

日々が矢のように過ぎていくと、いつのまにか取り残されている自分を見つけます。忙しさにかまけて、自分の気持ちを蔑ろにしていると後でツケが回ってきます。決めたことはやり遂げたいのに、どうしても長続きしない。だけど、そんな自分が許せなくてストレスになる。うまく自分を制御できない時が多くあります。今回は自分を大切にしつつ、自分を律するとは何か、何が得られるのかを思考します。

1 「律する」とは?

「自立」と「自律」。漢字が違うのだから、意味も変わります。「自らを律していく」とはどういうことなのでしょう?

ポイントは、自分が自分に満足できるかどうかにあります。

自分を律することは容易くありません。

ダイエットに例えると、2日目くらいに猛烈にお腹が空いてきた時に似ています。

お腹が空いたらどうするか?

我慢できるか、食を満たすか。

気持ちが自律に動けば、我慢。

気持ちに正直であれば、食欲。

どちらも間違いではありません。

ここで気をつけないといけないのが、我慢できないことが悪ではないこと。

怠慢ではないことです。

我慢せず食べることにも利点があります。食べることで食欲が満たされ、効率が上がる人もいるはず。食べることで「現実の自分」を見ることにも繋がります。

逆に我慢したことによって、得られるものは「理想に近づく自分」です。

食べないことでストレスとなる場合もあります。お腹がなって恥ずかしいタイミングもあります。けど未来の自分のために、我慢。

それも一つの自分の在り方であり、「自律」していることにもつながります。

選択のたびに、わたしたちは現実と未来を行き来しているのです。

2 息抜きできる「自律」を。

ここでは「自律」を推します。

わたしは自分に枷を作って、日常をいかにコントロールできるか、楽しんでいます。

なぜ楽しいのか。

枷をうまく扱い、制限の中でいかに効率よく面白く日々をこなせるか。毎日がゲームのような感覚です。そこに結果、例えば減量があるだけなのです。

過程が楽しい。

きっと、「結果は自ずとついてくる。」

こんな言葉を思い出します。

ゼロか百か。

毎回100%で臨みたいですが、燃費の悪い体なので、工夫が必要。

精神的な工夫は、まず「楽しい」気持ちがあるかどうか。「苦しく」なったら休戦します。

ちょっと休んでまたやる。

その繰り返しによって、気持ちも強化され、「できる」という自信につながっていきます。

お腹は空くけど、明後日お菓子を食べるから、今は我慢しよう!

こんな気持ちで「自律」を毎日育てています。

3 「自分ルール」を他人に評価してもらう?

わたしはとてもストイックと言われます。

やることなすこと、上へ上へ。やれるだけやりたい。理想は高くありたい。

そんな気持ちをどこかに忍ばせて、日々目の前に物事や人々と対峙しています。

「無理はしない。無茶をする」

楽しいからこそ、やる。

沸々とやる気が湧き出るときは、自分の欲を制御しながら、楽しくタスクをこなす時。

完璧ではないけれど、自分の中のルールは絶対。

気をつけないといけないのは、このルールを他人に適応しないこと。

あなたはわたしでないことを、忘れずに他者と向き合うことで、自分のルールがさらに色鮮やかに刷新されていきます。

自分のルールは、他人に強制しない。

4 「なんとかなる」は「なんとかする」

「なんとかなる」という気持ちはこれまでの経験則に基づいた、直感です。

これまでなんとかしてきたことがある。

だから、大丈夫。

なんとかします。

この域に達することが、ひとつの自律の成長とも言えるのかもしれません。

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