人と関わること
こんにちは。
年子を育てる30代です。
人と関わる仕事をしています。
けど、人と関わることは極力避けていたい。
いつもそんな気持ちが心の片隅に腰掛けています。
うまくいかない日だってある。
落ち込む時だってある。
その逆だってある。
人と関わることで、プラスもマイナスもさまざまな感情の波に揉まれて、今の自分が作られている。
分かってはいることだけれど、他人とうまく関係を築けない時の対処法、考えてみます。
ケース1 同じ仕事をする時の関係
仕事仲間=友達、にならない!
一緒に同じ仕事を作り上げるチームメイトと、うまく関係が作れてない…情報共有が雑だったり、変に気を遣って仕事を分け合えなかったり…
なんとなく、やりにくい。
きっと相手もそう思ってる。
この悪循環が起きることが多々あります。
はじめはよかったのに、徐々にそんな雰囲気に。
けれど、これって、当たり前なのです。
だって、初めはお互いにお互いの仕事のようすを知らないから、探り探りやる。
側から見れば、「丁寧」かもしれません。
徐々に慣れてきて、相手の出方がわかるから、緩急が見知らぬうちについてしまう。
人間の性かもしれません。
そして、お互い、良くも悪くも、
あまり気を使わなくなって、ふとしたことで衝突したり、些細なミスが積もり積もって爆発する。
それは相手の埒外であることもあるし、自分の中だけで起きたり、周囲を巻き込んだりもします。
これって、なんで?
と思います。
解決策、というより、わたしが心に念じていること。
仕事仲間はチームだけど、友達ではない。
この場限りの、関係。
だから、もう、割り切る。
この切り替えができる人ほど、仕事が早くて丁寧です。
個人的には、誰にでも丁寧に、しっかりした対応をしていきたいため、まずは己の鍛錬から始める所存です。
ケース2 同じ職場環境に身を置く関係
職場環境は自分で作る(無理しない)
職場の環境、例えば上司のその日の気分によって、雰囲気が変わることがあったりします。本人に悪気はなくとも、大罪だと思います。悪気がないからこそ、悪質です。
また、自分の周囲を取り巻く環境がマイナスになっていることに気づかず、いつのまにか負のループに陥っていることもしばしば。
職場環境の改善を、と叫ばれて長い年月が経ちますが、変化があるのかないのかはっきりわかりません。
一つ、10年以上同じ職業で働いている身として、分かったこと。
自分の環境は自分で作ること。
言い換えるならば、自分の機嫌は気分で取ること。
それが、1番環境整備として有効だと思います。
環境が悪いことを他者のせいにできる人は、その人の正義があります。それで良いと思います。
わたしは、逆です。
環境が悪いからこそ、いかに自分を適応させることができるのか、試験ができる。
良い機会が巡ってきたと思うことにしています。
他人の機嫌が悪いときは、離れます。
こんな子どもと一緒にはいられない。
そんな気持ちになります。
わたしはかっこいい大人になるため、自分の機嫌は自分で取ります。
そして、この姿を後輩になった時のわたしがみても恥ずかしくならないように、前進あるのみ。と心に刻んでいます。
ケース3 番外編
わたしも他人かもしれない。
疑うことと信じることのバランスを取る。
わたしの癖で、職場の中で「この人のようになりたいなあ」「この人すきだなあ」と思ってしまうと、その人を真似てしまったり、聞き耳を立ててしまうことがあります。
そんな人が、わたしの期待を打ち破る行動をすることは、可能性としてあります。いわゆる、他者に理想像を重ねているだけで、勝手に幻滅しているだけに過ぎません。
こういった経験を、わたしはわたし自身の合わせ鏡として意識しています。
好ましいと思う人のようでありたい。
「わたし」というものに、一貫性を持ちたい。
この気持ちが高まるほどに、裏切られた!と思うと憎しみが湧きます。
…なんと、わがままであることか。
しかし、これがわたしです。
こういった、わたし自身の負の側面の手綱をしっかりと取りつつ、人と関わるときには最大限の危機感を持って臨むように調整中であります。
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