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  • 子どもといること

    人として忘れたくないこと。

    こんにちは。

    年子と共に成長中の30代です。

    子どもたちと一緒に過ごす毎日はとてもかけがえのないものです。

    子どもたちの痛ましい事件を見るたびに、今ある日々がとても、とても、大事だと噛み締めています。

    子どもがいるから、我慢していること。

    裏を返せば、子どもがいるから、

    経験できることがあること。

    子どもがいるから、悲しくなること。

    それは、いまだから、わかる感情のこと。

    無い物ねだりはできない。

    子どもは天からの贈り物。

    いつか離れていく、その日まで、わたしは何をしてあげられるのか。

    今はまだ幼い我が子たち。

    この子たちからもらった、たくさんの心。

    わたしのやれることは何か。

    1 「子どもがいるから」ではなくて。

    仕事でもプライベートでも、子どもがいるのといないのと、とても大きな「差」があるように感じます。

    マイナスだ。と言葉にはできないけれど、そんな形で思っていました。

    けれど、落ち着いて考えてみると、ちょっと違うのです。

    子どもがいることを選んだのはわたし。

    子どもとの時間を優先することを、

    子どもといたいと思うわたしこそ、

    わたしが選んだ、「わたし」。

    大人になりきれないわたしだから。

    どこか、独りよがりで、

    けれど、どこか不安定で。

    子どもである、「あなた」がいてくれるから、

    この、不安定が少し、ゆるむ。

    大人になんかなりたくなかった。

    好きなことをずっとやりたかった。

    あなたが、ここにきた時から。

    わたしは、こんな世界があることを知った。

    知ることが好き。

    知らないことが怖いから。

    もっと言うと、知らないことを知らないと知ることが、楽しかった。

    だから、あなたがこの世に来てくれた時、

    少し戸惑った。

    怖くもなった。

    けど、いいの。

    いらっしゃい。

    一緒に大きくなろうと、決めたの。

    わたしは、あなたを選ぶ。

    あなたがわたしたちのところを選んだように。

    手を繋ごう。

    まだ、未来は見えない。

    見えないからこそ、面白い。

    優先順位なんて、ない。

    あるのは、

    大切にしたいと思う心の強さ。

    全てを1番にできたらいいのに。

    そうできるような、わたしになりたい。

    そう思えるようになったのは、

    あなたがここにいてくれるから。

    いてくれて、生まれてくれて、

    ありがとう。

    2 手を離すのではなくて。

    わたしのできることはなんだろう。

    仕事はすきだった。

    今も変わらず続けている。

    けれど、時々空白が生まれる。

    子どもたちを見ていると、

    この時間がいつまで続くのか、

    不安が生まれる。

    一方で、

    「このために」と言う思いも生まれる。

    わたしの時間は、限りがある。

    明日がなくなるかもしれない。

    怖いけど、楽しみ。

    その日が来るまで、

    わたしは子どもたちに何を返せるのか。

    手を繋ごうと思ってる。

    最後のその時まで。

    「大丈夫だよ」と、笑って、

    「またね」と言えるように。

    あどけない寝顔を見ていると、

    穏やかな吐息の聞こえる頭を撫でていると、

    わたしが、生きていてよかったと

    実感できる。

    共に生きることは、いつか崩れてしまう。

    わたしが彼らを残していく。

    だからこそ、思う。

    思い出を作るのでもなく。

    時間を愛おしむのでもなく。

    一重に。

    一緒に、手を繋ごう。

    この手は、あなたの手は。

    未来をつかむために、

    あるのだから。

  • 欲しいものは欲しいと言う。

    どんな人になりたいか

    こんにちは。

    年子を育てる30代です。

    理想を描く年でもない。

    と自分に言い訳しながら、しっかり、「こんな人になりたい」と憧れを持ち続けています。

    なぜか?

    現状に満足していないから。

    そのままですね。

    もっと勉強したい。

    もっと本を読みたい。

    もっと痩せたい。

    もっと動き回りたい。

    子育てをしていると、昔の当たり前は通用せず、子どもありきの世界観が構築され、運営されます。もちろん、「それが嫌」というお話ではありません。

    子どもがいることで得るものがたくさんあり、生まれてくれて、本当に良かったと思います。

    だからこそ、子どもを理由に、理想を下げたくない。むしろ、あげたいですね。

    30代も後半に差し掛かってきたこの頃、やるべきことを整理して、わたしが求める「わたし」をいかに演じるべきか、考えに浸っています。

    1 願望は、そのまま。行動してみる。

    時間がないないと騒ぎながら、子育てもよくみると隙間時間ができるようになりました。

    通勤の時間や、子どもたちが寝た後の時間、朝の早い時間…うちの子どもたちは朝が早いので、わたしの朝活は子どもたちとのお散歩です。

    この時間運用もさることながら、果たして、わたしは何がやりたいのか。

    そんな自問自答ができる時間を作ることから、始めています。

    まず、勉強。

    今のままでいい?

    いいえ。もっともっと、世界を知りたい。

    何をする?

    本を読む!SNSで情報を得る。

    どのくらいまで自分を持っていく?

    毎日のルーティンに読書プラスアルファを行いたい!

    こんな形で膝の上で下の子がお昼寝している時、考えを出してまとめます。

    スマートフォンも買い替えなきゃなあといいつつ、できてないことに少し悔しさもあります。

    写真をデータ移行しないとなあと、ふと思い出したりもします。

    やはり、自分に問いかける時間はとても大切。育児と仕事に慣れるまで、忙殺されていた時には気が付かなかったけれど、いまは言える。

    「わたしは、わたしのために生きるのだ!」

    その目標をより高度なものとするために、日々精進しているようなものですね。

    思うことは自由。

    その次は行動!

    行動は、些細なことでいいのです。

    職場の廊下でゴミを見つけたら拾って捨てる。

    これが今のわたしの自由になるための第一歩です。身の回りに目を向けられる自分が好き。

    だから、そのためにまずは小さな行動を起こす。

    これがわたしの今季の目標です。

    2 ネガキャンより、「次はどうする?」

    何かやり始めたり、考え始めると、失敗したらどうしようというリスクマネジメントがぐいぐい出張ってきます。さて、どうしたものか。

    これは、暗示をかけましょう。

    「リスクマネジメントもできる自分、偉い。

    だからきっと大丈夫。」

    経験則に基づく「大丈夫」という言葉は、とても心地よく、力強い言葉となります。

    だからこそ、気をつけて発していかないと、気がつくと負の連鎖の中にいながら笑っている不気味なわたしが出来上がってしまいます。

    「大丈夫」というのは、漢文の世界では「偉丈夫」つまり、成人した男性であります。

    男尊女卑の思考をここでしたいわけではないので、ここでは、成長過程にある少し大人になりつつある自分。という意味合いでとっています。

    「大丈夫」と思えるために、そのためにできることは全て手を打ちましょう。手を尽くしてやったことで失敗があっても、あの時の自分の精一杯を込めて動けていたのならば、きっと後悔はしても、前に進む力も得られます。

    何事にも全力で。

    暑苦しい考えですが、そうあれる自分を誇っていいのではないかと思っています。

    欲を言うならば、失敗があった時を想定して動けている自分も好きです。

    だめだったりしたら、こうしよう。

    この思考をぜひお勧めします。

  • 変化を望む自分になる。

    自分のリセットを

    こんにちは。

    年子を育てる30代です。

    日々の生活の中で、自分のやり方が定着していることほど、変化への抵抗があります。

    人間、誰しもそのまま揺蕩っていたいと思いがちです。

    しかし、そのままでは何も変わらず、良いものも悪いものも滞っていきます。

    変化こそ、宝。

    そう思えることこそが第1歩。

    そのコツを掴みましょう。

    1 「流れを作る自分をイメージ」

    まずは、日常的な変化の流れを意識しましょう。

    起きてから寝るまで、自分という個体は制御下に置かれていますか?

    まずは明日の行動を、寝る前に思い描きましょう。

    これがやりたい、あれがやりたい。

    ほんとうは紙に書くのがおすすめですが、そんな余裕もない人が多いはず。

    やりたいことを順番に並べてみて、これだけはやりたい!と言う1番を決めます。

    それは絶対外さない。

    ほかはできたらいいな、くらいにいましょう。

    計画が見えたら、時間の意識。

    どこに組み込むことが有意義か。

    不安だったら他の人にも助言をもらいましょう。

    これはより客観的に。

    自分の仕事量を見越して、少しタイトに作りましょう。

    「やりたい」がない時は、

    1 本を読む

    2 散歩する

    3 新聞を見る

    この辺をやってみてください。

    やることが決まったら、あとは寝る。

    寝る前に明日をイメージしておくと、目覚めの良い朝になってきます。

    次の日、計画通りに進んだら儲け物。

    進まなかったら、どのように自分が対応するか、挑戦の時。

    ここで変化が生まれます。

    いつもと違う、予定と違う。

    そんな変化を、どのように乗り越えるか。

    そこに面白さが詰まっています。

    言い換えるならば、

    対応できる力が身についているかの試験となり、未開の自分との邂逅でもあります。

    乗りこなそう、ではなくて、やってみよー

    くらいの意気込みでいきましょう。

    失敗しても、大丈夫。

    人は失敗から、どんどん強くなるものです。

    とはいえ、失敗は悲しいので

    そんな時はお菓子を食べたり温かいものを身体に与えてくださいね。

    2 仕事仲間との変化。

    人と関わる仕事をしていると、ふと気になることがあります。

    「前まではこの人にこんな印象無かったのに、なんか変わった気がする」

    良くも悪くも、外側や遠くから人を見ている時は、本当に外面しか見えていないことが多いです。

    仕事を通して関わるからこそ、その人の人となりがわかり、関わり方も変化します。

    わたしのひとりよがりの例をあげましょう。

    とても良い人だなと思う方がいました。

    仮にAさんとします。

    誰にでも明るく、前向きに声がけをしているコミュニケーション能力の高い方だと思っていました。

    そんな方と最近、同じ仕事をする機会がありました。わたしが一方的に信頼していたのもあり、いろいろ聞いて仕事を進めていました。

    仕事の形が見えた時、Aさんが上司に言っておくので、わたしからの報告はいらない。

    そんなふうな会話がなされました。

    お願いします、とわたしは答えた気がします。

    これが、よく無かった。

    後日、仕事のことで上司の了解が必要となり、上司へと話を持っていくと、

    「聞いてない」とのこと。

    …あれ?

    と思いながら、謝罪して仕事の内容確認をし、少し叱責を受けながら、ことが収まりました。

    …その後、Aさんとお話をする機会が多々ありました。が、仕事の話には触れません。わたしから、こういうことでした。と報告しても、「はーい」という、フットワークの軽い言葉が帰ってくるのみ。

    わたしの学んだこと。

    人を勝手に信じすぎてはいけない。

    わたしのやることは、最低限複数の目で確認することが必要だと心に刻まれた出来事でした。

    他人に期待をしてはいけないわけではありません。

    仕事をする上で、わたしの役割を見失ってはいけない、ということです。

    様々な変化が、わたし達の周りには息づいています。

    良くも悪くも、その流れの中で自分をどう生かすか。

    人との関わりの中でどのように自分を適応させていくか。

    これらが今後の課題となるようにも思われます。

  • 関係性を作り上げる

    人と関わること

    こんにちは。

    年子を育てる30代です。

    人と関わる仕事をしています。

    けど、人と関わることは極力避けていたい。

    いつもそんな気持ちが心の片隅に腰掛けています。

    うまくいかない日だってある。

    落ち込む時だってある。

    その逆だってある。

    人と関わることで、プラスもマイナスもさまざまな感情の波に揉まれて、今の自分が作られている。

    分かってはいることだけれど、他人とうまく関係を築けない時の対処法、考えてみます。

    ケース1 同じ仕事をする時の関係

    仕事仲間=友達、にならない!

    一緒に同じ仕事を作り上げるチームメイトと、うまく関係が作れてない…情報共有が雑だったり、変に気を遣って仕事を分け合えなかったり…

    なんとなく、やりにくい。

    きっと相手もそう思ってる。

    この悪循環が起きることが多々あります。

    はじめはよかったのに、徐々にそんな雰囲気に。

    けれど、これって、当たり前なのです。

    だって、初めはお互いにお互いの仕事のようすを知らないから、探り探りやる。

    側から見れば、「丁寧」かもしれません。

    徐々に慣れてきて、相手の出方がわかるから、緩急が見知らぬうちについてしまう。

    人間の性かもしれません。

    そして、お互い、良くも悪くも、

    あまり気を使わなくなって、ふとしたことで衝突したり、些細なミスが積もり積もって爆発する。

    それは相手の埒外であることもあるし、自分の中だけで起きたり、周囲を巻き込んだりもします。

    これって、なんで?

    と思います。

    解決策、というより、わたしが心に念じていること。

    仕事仲間はチームだけど、友達ではない。

    この場限りの、関係。

    だから、もう、割り切る。

    この切り替えができる人ほど、仕事が早くて丁寧です。

    個人的には、誰にでも丁寧に、しっかりした対応をしていきたいため、まずは己の鍛錬から始める所存です。

    ケース2 同じ職場環境に身を置く関係

    職場環境は自分で作る(無理しない)

    職場の環境、例えば上司のその日の気分によって、雰囲気が変わることがあったりします。本人に悪気はなくとも、大罪だと思います。悪気がないからこそ、悪質です。

    また、自分の周囲を取り巻く環境がマイナスになっていることに気づかず、いつのまにか負のループに陥っていることもしばしば。

    職場環境の改善を、と叫ばれて長い年月が経ちますが、変化があるのかないのかはっきりわかりません。

    一つ、10年以上同じ職業で働いている身として、分かったこと。

    自分の環境は自分で作ること。

    言い換えるならば、自分の機嫌は気分で取ること。

    それが、1番環境整備として有効だと思います。

    環境が悪いことを他者のせいにできる人は、その人の正義があります。それで良いと思います。

    わたしは、逆です。

    環境が悪いからこそ、いかに自分を適応させることができるのか、試験ができる。

    良い機会が巡ってきたと思うことにしています。

    他人の機嫌が悪いときは、離れます。

    こんな子どもと一緒にはいられない。

    そんな気持ちになります。

    わたしはかっこいい大人になるため、自分の機嫌は自分で取ります。

    そして、この姿を後輩になった時のわたしがみても恥ずかしくならないように、前進あるのみ。と心に刻んでいます。

    ケース3 番外編

    わたしも他人かもしれない。

    疑うことと信じることのバランスを取る。

    わたしの癖で、職場の中で「この人のようになりたいなあ」「この人すきだなあ」と思ってしまうと、その人を真似てしまったり、聞き耳を立ててしまうことがあります。

    そんな人が、わたしの期待を打ち破る行動をすることは、可能性としてあります。いわゆる、他者に理想像を重ねているだけで、勝手に幻滅しているだけに過ぎません。

    こういった経験を、わたしはわたし自身の合わせ鏡として意識しています。

    好ましいと思う人のようでありたい。

    「わたし」というものに、一貫性を持ちたい。

    この気持ちが高まるほどに、裏切られた!と思うと憎しみが湧きます。

    …なんと、わがままであることか。

    しかし、これがわたしです。

    こういった、わたし自身の負の側面の手綱をしっかりと取りつつ、人と関わるときには最大限の危機感を持って臨むように調整中であります。

  • 本のすすめ

    読書から世界を知る

    こんにちは。

    年子を育てる30代です。

    家が狭いので、以前のように新刊をすぐに購入することが稀になったこの頃。

    読書から足が遠のいたと思いきや、地域の図書館の予約システムをフル活用して、予約本を楽しみに待つ日々。

    10代のころは発売日までが本当に待ち遠しくて、学校が終わったら飛んで帰って、父と本屋に行くのを待っていました。

    都会とは言えない地元なので、発売日前には絶対搬入されず、発売日が過ぎてもないこともしばしば。

    ネットが普及し、通販や電子書籍が市場に出回っている現代を、あの頃のわたしに伝えてあげたいです。

    仕事と育児の隙間をぬって、ぬくぬく読む本は、本当に心を穏やかにしてくれます。

    こんな読書、いかがですか?

    1 本は、言葉なり。

    本を読む、と言えど、どんな本を読むか、その人の趣味嗜好があらわれ出るものであり、すぐにお披露目するには、まだまだわたしには修行が必要です。

    なので、わたしがルーティンにしている読書週間をお見せします!

    まずは、1日一回は活字に触れる!

    これがないと、やってられません!

    新刊?積読?

    そんな言葉はいりません。

    読みたい本は、いつもどこかにあります。

    それが新刊であったり、既刊であったりするだけです。

    30年以上生きてきて、同じ本を何回も読むことが多いわたし。

    その心は。

    一重に、本の中の、あの言葉たちに、会いたいから。

    もう、ラブコールです。

    すきとかではなくて、目に触れたいと思うのです。

    それによって、変わっていない何かを、無意識に確認し、咀嚼し、安堵しているのです。

    新刊という定義は、ほんと、そのままな場合が多いです。しかし、わたしの中では全ての本が新刊です。

    同じ時、同じ場所、同じ気持ち。

    そんなことはこの人生の中で数えるほどしかありません。

    既刊こそ、新刊たる貫禄を持ち合わせているのです。

    2 何はともあれ、どくしょ。

    本を読む時間があったら、寝たい。

    育児に慣れなかった時は常々そう考えていました。しかし、気付きました。

    わたしには、活字が必要。

    活字こそ、思考の原動力となり、わたしを強く律していく。

    この気持ちが強く強く、わたしの心を揺さぶります。

    仕事復帰を見越し、読書も再開され、心の余裕が生まれ、仕事復帰がうまく行ったように思います。

    人にはそれぞれの特性があり、それぞれの役割があるといいます。

    わたしの場合、本を読むことで、全てをクリアにできる思考を手に入れている気持ちがあります。

    読むことこそ、己と対話すること。

    自分のことがわからなくなった時、わかりたいと思う時、逆に離れたいと思ったときこそ、読書を勧めます。

    簡単です。

    言葉はわたしに寄り添い、叱咤し、激励します。孤独とも取れるかもしれません。

    しかし心地よいのです。

    この気持ちが良い形で自分に作用していると気づけること。

    それが自己理解の第一歩であり、読者の持つ力であると確信しています。

  • 体調を気にすることが大事!

    価値観が保てない時

    こんにちは。

    年子を育てる30代です。

    仕事の片手間、何かをしようとするも、以前より力加減が分からずやりにくい。

    関心があるし、やりたいけれど、疲れている自分がいる。

    何もやりたくないはずなのに、夜眠れなくてついネットサーフィンしてしまっている…

    無気力とはまた少し違った、無関心な自分の行動に嫌気がさしているのも数回どころではありません。

    なぜ覇気がなくなってしまったのか。

    それはおそらく、仕事と育児への慣れ、余裕の表れ、とも言えるかもしれません。この気持ちをわたしは「電池充電期間」と称します。

    この期間、果たして何をするのが正解か。

    1 充電期間は休み?

    なんとなく手持ち無沙汰なんだけれど、何かしたいとあまり思えない。けど、やっといた方が後々の自分をを救う…

    とかなんとか言ってる間に、休み時間は終了して、いつに間にか、慌ただしく時間が過ぎていく…

    良い悪いはここでは無視。

    気になるのは、迷っているから時間を持て余すこと。

    考えるだけ、無駄じゃないか。

    そんな考えもふと頭をよぎります。

    うーん、何かいい手はないか。

    考えることに無駄はないのですが、限られた時間の中、うまくやりくりをしたいと思っていると、なんとも悩むこと、迷うことの意義を見失いがち。

    だからこそ、しっかり迷う。

    しっかり立ち止まって充電する。

    それが1番大切だと、最近思います。

    おやすみ期間ではなく、充電中。

    だから少しもたもたしてますけど、それはご容赦いただきたいものです。

    2 結局は気持ちの落ち着くところへ。

    迷うとか悩むとか、頭でごちゃごちゃ考えても、結果としてどうなるかはやってみないと、ら時間が経ってみないことにはわかりません。

    モヤモヤしてる自分も、大切です。

    気をつけてほしいのが、結論を急ぐこと。

    どんなことも期日があります。

    このモヤモヤもいつか、消えていきます。

    但し。タイミングがあります。

    生理現象ではないので、寝ても変わらない場合もありますし、トイレに行ったら忘れてしまっていることも多々あります。

    じゃあ、この時間は無駄なの?

    いえいえ、違います。

    モヤモヤが消えるタイミングがあります。

    それがいつ訪れるかは、本人さえわかりません。しかし、いつか終わります。

    気長に待てれば世話ないのですが、当方いかんせん気が短い。

    すぐに次のことを考えたり、やりたくなったりします。

    だけど、気をつけてください。

    このモヤモヤの時、体調はいかがでしょうか?

    多くの場合、モヤモヤは体調不良の前兆として、わたしに注意しにきます。

    調子に乗ると、また具合悪くなるよ。

    と言った具合に。

    なんでてラッキーな身体なんだ。と最近思います。そして、体調が寛解すると、モヤモヤも消えています。

    そんなこともあります。

    気持ちの落ち着くところへ、もやもやはわたしを連れて行ってくれているのかもしれません。

    あなたの場合は、いかがですか?

  • 30代の行動力

    心に引っかかることが増えた時

    こんにちは。

    年子を育てる30代社会人です。

    年を経ると、素直になりにくい。

    そんなことを昔、何かで読んだ気がします。

    もともと素直とは程遠い性格でした。

    ので、あまり気にせず過ごしていました。

    そんな中、ふと気づくことがあります。

    「この人、こんなに腰重かったかな…」

    という事実。

    フットワークの問題もありますが、歳をとると、身体にもガタがきはじめます。それと同時に思考も鈍りがちになる。

    あながち間違えではない気持ちになります。

    わたし自身、もしかしたら、融通が効かなくなっているのかもしれない。そんな不安もまきおこります。

    他人を見て、我が振り直せ。

    その言葉を胸に刻みつつ、やるべきことをやる自分、好きなことを全力でやる自分を作り上げていきたいものです。

    1 他人のことが気になる時。

    仕事中、よく起こること。

    「なんでこの人、喋ってばっかなんだろ」

    「声、大きすぎません?」

    自分が集中している時に、がはがは話されると沸点が下がってイライラモードに突入します。

    「なんで?」が頭の中にぐるぐる渦巻いて、なんとも言い難い気持ちが生まれます。

    マイナス感情の循環が作られていく気配を感じます。

    これ、そもそも、「なんで?」と思っているわたし自身が、少し幼いのかもしれません。

    他の人は気にしていないようですし、私も無視をすればいいだけです。

    けど、できないんです。なぜか。

    性格の一端かもしれません。

    だからこそ、わたしは「なんで?」と思ったら、仕事を一回区切ります。場所を変えて、わたし1人の空間になるようにします。

    他者に何かを求める方法もあるとは思います。けれども、わたしは、わたしの中で変化を起こしたい気持ちがあります。

    耐えられる自分ではなく、気持ちを切り替えてエネルギーに変えるわたしがいい。

    仕事中の負のエネルギーは、燃やし尽くしてから家に帰りたいものです。

    ふと、イライラの気配を感じた時は、きっと休憩時なんだ。

    そんな心持ちで乗りこなせるように努めています。

    2 人と話したくなる時。

    共同で仕事をする時、ふとした時にチームワークの力なのか、人と話したくなります。

    ほんの雑談程度だけど、言葉を交わしていたい。そんな気持ちが湧き起こります。

    さて、この気持ちの困るところが、矢印が双方から伸びる可能性が少ないこと。

    独りよがりの気持ちであったら、話すこともなんとなく寂しくなって、尻切れ蜻蛉になってしまいます。

    相手からの矢印も向いている時に、ぜひ話したい。

    矢印感知の方法はあるのか?

    答えは、あるようでないようであやふやである感じがします。

    はじめは乗り気ではなくとも、いつのまにか話に流されている。

    そんな経験もあります。

    逆に、話したくて仕方なかったのに、つい相手のことを気にして、結局何も言えないままである。そんな時もあります。

    話したいとき。

    わたしの場合、それは楽しいことや面白いことが起きた時に、共有して楽しんで面白がってほしいという欲求の表れであると思っています。

    この欲求が、ちょっと思春期のような性格なので、扱いが難しい。

    構ってあげると逃げていくし、構わなかったら拗ねてしまう。

    そんな気持ち、きっと年齢問わず、みんな持っているものなのではないかと思います。

    話したい時、話せる人がいること。

    これって本当に素敵なことです。

    羨ましいなって思います。

    こう言った人を探すことも、人生の楽しみかもしれないですね!

  • やりたいことに力を注げる自分になる

    優先順位の変動

    こんにちは。

    年子を育てる30代です。

    仕事と子育てと、やること満載な日々を過ごしています。2人の子どもたちのルーティンも整い、わたしの仕事と子育てのパワーバランスもわかりつつある現在、再度見直したいのが「優先順位」。

    やはり、子どもがいることの制約は否めません。

    だからこそ、楽しむ余裕を持ちたい。

    そんな心持ちで読んでいただければと思います。

    1 「未来」のやることリスト

    「わたしもやりたかったなあ」と、職場で思うことは多々あります。

    育児があるから、お迎えがあるから、さまざま理由で早退したり、時間を気にして過ごす日々が続いています。

    「こんなはずでは‥」とは思いませんが、「やっぱり時間ないなあ」と少し悲しくなります。

    やってみたかったことが積もっている。

    そんな日々があります。

    子育ての時間は、一瞬だ。

    そう聞きますし、そう思います。

    子どもの無邪気な声、走る音、泣き出す前の予兆。全て、わたしの糧となっていることは間違いありません。

    「この子達がいてくれて、よかった。」

    心からそう思えます。

    それとともに、やりたかったなあという仕事も見つけてしまいます。

    ため息はつきたくありません。

    だから、わたしは、書き留めます。

    この子達が小学生になるまで、わたしはもう1人のわたしを創る!

    小学生に上がったら、少し仕事へのコミットを増やせる可能性に賭けて、今やりたいことをストックしている時期だと思うことにしています。

    あーあ。と思ったら、勝ちです!

    未来のわたしのやることリストにどんどん追記していきます。

    今しかない時間だからこそ、我慢するのではなく、かわす。

    そんな心持ちで望む所存です。

    2 他者からまねぶ。

    誰かと比べる。わたしは比較が苦手なのであまり上手くできません。「隣の芝生は青く見える」からこそ、隣を見て、真似できることを拾っていきます。

    真似すること。まねぶことから、学ぶは派生していると言います。

    失敗も成功も、織り込み済みで進みます。

    仕事での失敗は厳しいかもと思いますが、失敗を知らない人は、失敗した時の対応の仕方に差が出ると勝手に思っています。

    成功の母は失敗することを受け入れる人に、その手を伸ばしてくれる気がしています。

    仕事も、子育ても、わたしはわたし。

    仕事は決められた時間の中で最大限にやります。時間が来たら帰ります。どうしても残らないといけない時は事前にパートナーと相談しておきます。

    いまの目標は、一つ。

    子どもたちが健やかに育つための支援を惜しまないこと。

    そのためにお金を貯めて、一緒に過ごして、笑い合いたい。

    その先にある、自分の楽しみを実現するために、いまを乗り切りたい。

    子育てもいつか終わってしまう。

    そんな気持ちを持って、日々精進していこうと思います。

  • マイナス感情と対処の仕方

    嫌われたなあと思ったら

    こんにちは。

    年子を育てる30代社会人です。

    このところ、「やっちゃった」ってことが多くあります。勘違いしていたことだったり、早とちりしていたことだったり。

    良くも悪くも、わたしに悪気はないし、他人も悪くない。

    だけど、なんか気まずくなる。

    「ごめんなさい」っていうのも、おこがましい。そんな時、どういった手立てが講じられるか。

    気持ちの整理をすることを、お勧めします。

    1 勘違いは、しょうがない。

    なんだかずっとそうだと思っていたことが、最近違うということを示唆され、それによって他者を不快にしてしまったような気がする。

    そんなとき、ありませんか?

    大好きな先輩なのですが、わたしはずっとお子さんがいると思っていたのです。

    だから、ふとした時に、聞いちゃったのです。

    「おこさん、お元気ですか?」

    先輩からしたら、「えっ?」ってなりますよね。お子さんも何も、いません。って感じになりますよね。

    わたしは、なぜか、いらっしゃると思ってたのです。なぜかはわからないけれど。

    その場は少し空気が滞りながらも、「わたしの勘違いでした、すみません」という言葉を口にすることができました。

    けれど、先輩は「なんだこいつ」って思いますよね。

    ああ、悲しい。

    大好きな先輩だけに、わたしは嫌われたくなかったのです。マイナスポイントなど、論外だったのです。

    しかし、学びました。

    不用意に発言してはいけない。

    わたしの感覚を、信じすぎてはいけない。

    言葉選びは慎重に。

    雑談の時こそ、その人の本音が出るからこそ、わたしは気を引き締めねばならない。

    そんな思いが去来しました。

    その先輩は優しい方なので、今は普通に接してくれます。

    本当にありがたい。

    わたしは、わたしを殴りたくなります。

    そして、戒めとして残します。

    「人と話すときは、無理に話題を作らない」

    「焦らないで、ゆっくり話す」

    これにつきます。

    2 早とちりの「理」

    勘違いと同時に、よく早とちりをして、1人で誤解したり、悲喜交々な事態に陥っています。

    これは、性格的なものもあると思います。

    しかし、根本には、「待てない」承認欲求があるように思えてなりません。

    職場の同期と、高校時の話になりました。わたしは高校時代、あまり記憶がないのですが、同期はとても楽しかったという趣旨の話をしています。そこで、わたし、「高校生の時、楽しかったんだねー」と浅はかにも発言してしまいました。

    すると、同期、心持ち表情が曇ります。

    わたしも頭に「?」が浮かびます。

    あれ?そういや、この間、高校時代の嫌なことをわたしに話してた…ぞ?

    やってしまいました。

    わたしの迂闊さにはほとほと呆れますが、その場の早とちりでふんわりとした対応が、相手の不快感を呼び込んだのはいうまでもありません。

    人の心は複雑です。

    一時楽しいことを言っていても、気がつくと中身が反転しています。

    それこそ心の機微なるものが、人には備わっていますから、うまく立ち回れる方は多いのでしょう。

    もちろん、わたしはその類に入れっこありません。

    だからこそ、人をよく見て、不適切な発言として、他者に不快な思いをさせないよう、注意していきたいものです。

  • そんな人もいる、苦手な人との向き合い方

    苦手だと感じる人間関係への対応

    こんにちは。

    年子を育てる30代社会人です。

    仕事をしていく中で、子どもとの時間ももちろん大切です。が、その中に浮上する、職場の中の人間関係の不安…

    昔から「気にしい」だけど、表面上それを出さないように過ごしている「わたし」。

    最近、職場の中の雰囲気が微妙に変化して、どうにもこうにも、「きもちわるい」。

    なんというか、すっきりしないのです。

    おそらく、人の気持ちが滞ってできる「むら」に当てられているように思います。

    この、厄介な「きもちわるさ」。

    どう向き合うのがベターでしょうか?

    1 人間関係に完璧はない!

    人と話していて、いつも「わたしの話は面白くないよね」という気持ちが沸き起こります。

    きっとこれはリスクヘッジでそうしておけば傷つきにくいからなのだと思います。

    また、人と話すことで相手に不満を抱かせているのでは、と疑心暗鬼に囚われます。

    こうなったら、もう、仕方ない。

    とことん、嫌になるまで、その人の気持ちを想像します。

    「わたしのこと、苦手だからこういう対応なんだな」

    「わたしが話すから、会話が止まるんだな」

    などなど、自己ネガティブキャンペーンを行います。

    だって、しょうがない。

    わたしがその人のこと、気にし過ぎてるんですもん、気の済むまで考えた方が後腐れがありません。

    一通り最悪の展開まで想像したら、一つため息。

    で、もう家に帰ります。

    もしくは本を読みます。

    気持ちが落ち込んでいる時は、落ちるところまで落ちるのが、最適解だと感じます。

    そしたら、もう、ゴミ箱へ。

    他人の気持ちは分かりません。

    わたしが苦手と思っているだけで相手はそうではないかもしれないし、そうかもしれない。

    いいじゃないですか。

    どっちでも。

    わたしはわたしで、この人格をすぐに変えることは難しいし、こういう人なのです。

    相手に取ったら酷い対応かもしれません。

    そんな時は、周囲の人の助言を得ます。

    周りに助けてもらいます。

    で、巡り巡って苦手な人にもわたしにも、不利益が生じないよう手を打ちます。

    こうやってのらりくらりと交わしていくことが増えてきたように思います。

    2 仕事は仕事、やらねばならぬ。

    嫌な仕事はありませんが、苦手な仕事はあります。苦手なものは必ず誰かにチェックしてもらって、提出するようにしています。

    もしくは一晩寝かせてから、朝見返して提出。

    職場仲間も相互チェックで安心を得て仕事をしています。

    子どもが緊急事態となった時をイメージし、毎日のやれること、1週間、1月スパンで物事を進めていきます。

    そうすることで不測の事態が起きたとしても、誰かが代わりにやってくれるような体制になります。

    準備は大事。

    最近はお昼時間も惜しくて、カリカリ、仕事をしています。

    そんな中で、たまに上司と関わってやらねばならない仕事がふってきます。本当に悲しい。何が悲しいのか。上司の顔色を読みつつ、関係者の皆さんの都合のいい形に収めなければならないというプレッシャーが痛い。

    けれど、社会人なんてそんなもの。

    泣きたくなったら少し窓の遠くを見て、気合を入れて、一気にやります。

    嫌なことほど、早く丁寧に。

    夏休みの宿題を、早めに終わりにする癖がここに生かされているように思います。

    できたら最短の人間関係で、上司にOKをもらいたい。で、早く次の楽しいことを見つけたい。

    自分でも自分のことを不思議な人間だとつくづく思います。

    嫌だけど、やるしかない。

    そのために最善のルートを組んで突っ走る。

    たまに事故が起きますが、それは想定内。

    軌道修正して、再度発進。

    そんな毎日が過ぎ去っていくように思われます。

    仕事の選り好みはできません。

    だから、仕事がより自分の心に負荷をかけないような施策を、日々展開し、事故り、反省し、また再考します。

    そんな繰り返しが、仕事の「きもちわるさ」を吹き飛ばしてくれることを、祈って。

    今日も職場に駆けていきます。