カテゴリー: 生活

  • 疲れた時こそ、「自律」の意識を。

    自分を律すること

    こんにちは。

    年子を育てる30代です。

    日々が矢のように過ぎていくと、いつのまにか取り残されている自分を見つけます。忙しさにかまけて、自分の気持ちを蔑ろにしていると後でツケが回ってきます。決めたことはやり遂げたいのに、どうしても長続きしない。だけど、そんな自分が許せなくてストレスになる。うまく自分を制御できない時が多くあります。今回は自分を大切にしつつ、自分を律するとは何か、何が得られるのかを思考します。

    1 「律する」とは?

    「自立」と「自律」。漢字が違うのだから、意味も変わります。「自らを律していく」とはどういうことなのでしょう?

    ポイントは、自分が自分に満足できるかどうかにあります。

    自分を律することは容易くありません。

    ダイエットに例えると、2日目くらいに猛烈にお腹が空いてきた時に似ています。

    お腹が空いたらどうするか?

    我慢できるか、食を満たすか。

    気持ちが自律に動けば、我慢。

    気持ちに正直であれば、食欲。

    どちらも間違いではありません。

    ここで気をつけないといけないのが、我慢できないことが悪ではないこと。

    怠慢ではないことです。

    我慢せず食べることにも利点があります。食べることで食欲が満たされ、効率が上がる人もいるはず。食べることで「現実の自分」を見ることにも繋がります。

    逆に我慢したことによって、得られるものは「理想に近づく自分」です。

    食べないことでストレスとなる場合もあります。お腹がなって恥ずかしいタイミングもあります。けど未来の自分のために、我慢。

    それも一つの自分の在り方であり、「自律」していることにもつながります。

    選択のたびに、わたしたちは現実と未来を行き来しているのです。

    2 息抜きできる「自律」を。

    ここでは「自律」を推します。

    わたしは自分に枷を作って、日常をいかにコントロールできるか、楽しんでいます。

    なぜ楽しいのか。

    枷をうまく扱い、制限の中でいかに効率よく面白く日々をこなせるか。毎日がゲームのような感覚です。そこに結果、例えば減量があるだけなのです。

    過程が楽しい。

    きっと、「結果は自ずとついてくる。」

    こんな言葉を思い出します。

    ゼロか百か。

    毎回100%で臨みたいですが、燃費の悪い体なので、工夫が必要。

    精神的な工夫は、まず「楽しい」気持ちがあるかどうか。「苦しく」なったら休戦します。

    ちょっと休んでまたやる。

    その繰り返しによって、気持ちも強化され、「できる」という自信につながっていきます。

    お腹は空くけど、明後日お菓子を食べるから、今は我慢しよう!

    こんな気持ちで「自律」を毎日育てています。

    3 「自分ルール」を他人に評価してもらう?

    わたしはとてもストイックと言われます。

    やることなすこと、上へ上へ。やれるだけやりたい。理想は高くありたい。

    そんな気持ちをどこかに忍ばせて、日々目の前に物事や人々と対峙しています。

    「無理はしない。無茶をする」

    楽しいからこそ、やる。

    沸々とやる気が湧き出るときは、自分の欲を制御しながら、楽しくタスクをこなす時。

    完璧ではないけれど、自分の中のルールは絶対。

    気をつけないといけないのは、このルールを他人に適応しないこと。

    あなたはわたしでないことを、忘れずに他者と向き合うことで、自分のルールがさらに色鮮やかに刷新されていきます。

    自分のルールは、他人に強制しない。

    4 「なんとかなる」は「なんとかする」

    「なんとかなる」という気持ちはこれまでの経験則に基づいた、直感です。

    これまでなんとかしてきたことがある。

    だから、大丈夫。

    なんとかします。

    この域に達することが、ひとつの自律の成長とも言えるのかもしれません。

  • 30代、育児と仕事のメンタルバランス

    こんにちは。

    年子を育てる30代です。

    仕事をしながらの子育て。一昔前なら当たり前ですが、いかんせん体力と精神力が削られる日々。子どもたちと向き合うにも、自分の余裕がないと、如何にもこうにもうまくいかない。

    そんな時のマインドをどのようにコントロールするか。施策を練りました。

    1 優先順位は「わたし」<「子ども」?

    子育てしながら思うのは、いつでも「子ども」優先の自分がいること。これはもちろん大事。

    だけれど、子どもを守る体力、大切にする精神力は、自分の中から生み出されるもの。親のわたしが元気がなければ、子どもたちも元気になんかなれないものです。

    こうした考えは、わたしたちの親世代にはあまり共感を得られないものです。「親だから当たり前」が横行し、今でいう「産後鬱」、「育児ノイローゼ」が跋扈していたのも頷けます。

    「親になる」って、とても難しい。

    これは男女問わず、いきなり与えられる難題であり、即決できない重みを持っています。

    だけど、目の前には「子ども」。

    誰しもが手探りの中、我が子と向き合い、少しずつ親になってきたのでしょう。

    子どもが複数であれば、親としての経験値が高い?それは違います。2人目の子どもにとって、親であるわたしたちはお互い「はじめまして」。同じことなど起きません。

    だからこそ、余裕を持って、接したい。

    はじめましての気持ちを持ち、心身ともに余裕を持って、子どもと正対することで、お互いに成長していくことができるように思います。

    優先順位は子ども、だけど、

    優先度はわたし。

    それがわたしのスタイルです。

    2 ルールづくりのすすめ。

    「わたし」優先だからこそ、子どもたちへの視線が変わります。また、「わたし」優先は「子ども」優先と手を繋ぐこともできます。

    まずは、「わたし」の心身の状態を把握すること。自分1人では理解できない部分が多いので、客観的な判断のできる友人やパートナーに聞いてみるといいかもしれません。

    もしくは、書き出してみる。

    しんどいこと、楽しいこと、やりたいこと、やりたくないこと。

    育児と仕事に挟まれ、てんてこ舞いの毎日の中に、少し時間を作って書き出してみてください。書き出すことで、落ち着く部分もあるはずです。

    その後は、自分の中で、譲れない線を引きます。子どもたちと、わたし。

    ここは子ども優先、だけど、ここはわたし。

    そんな感じで少しずつ「わたし」の整備を行い、純度の高い優先度を作り上げましょう。

    3 行き詰まったら立ち止まる勇気を。

    自分を客観視する時、または仕事に忙殺される時、子どもが泣き出して止まらない時。どんな時にもイライラしたり、投げ出したくなる時がやってきます。

    そんなときこそ、成長の時。

    物事とわたしを、一旦切り離し、物理的に距離を置きましょう。

    焦らなくて大丈夫。

    イライラして当然、いまは焦らない。

    水を飲むのもおすすめです。

    疲れた自分がいるから、イライラしてます。

    あとちょっと、頑張れるかな?と

    わたしに問いかけてみてください。

    無理なら、少し休憩を。

    子どもたちは泣いていても、わたしたち大人の気配を察知して、確認して泣いています。

    少しくらい、泣いていても大丈夫。

    仕事も、少しくらい息抜きしても大丈夫。

    大事なのは、わたしのメンタル。体力。

    しっかりとは充電できないけれど、

    すこしのタイムブレイクで、心を落ち着かせ、後少し、あと少し、やってみましょう。

    4 自分も子どもたちも楽しめる生活を。

    余裕なんて、無理。

    そんな時が多い日々です。

    それも致し方ないことなのです。

    その中でイライラが少しでも小さくなる様に、楽しいことが増えていく様に、毎日の小さな変化を大切にしていきましょう。

  • 育児や仕事に追われて自分を追い詰める前にやりたいこと。

    こんにちは。

    年子を育てる30代です。

    2人の子どもがいると、何かとイライラしがちになります。上の子のイヤイヤ、下の子の理由無き号泣、パートナーの意味不明な行動…

    これらはきっと、本人たちには意味があるのです。が、そこまで想像力を使って生きていくには、毎日がしんど過ぎます。

    そんな時、どんな対処をしていくのが良いのでしょう?わたしの基準は、自分にとってプラスとなるか。自分の指針を持っておくと、ブレが少なくなります。

    1 「イヤイヤ」も「号泣」も、どんな行動も意味がある。

    心に余裕があれば、子どもたちやパートナーの言葉や行動の背景を想像して、「そっかー」となることができます。つまり、イラッとするときは、わたしが疲れてるんです。

    疲れて当たり前です。

    いいんです、イラッとして。

    わたしはわたしにそう伝えます。

    だって、わたしも人間です。

    やらなきゃいけないことがあるのに、「イヤイヤ」。

    オムツも替えて、おもちゃもお歌も、抱っこもしても「大号泣」。

    疲れてるのに、いまそれかよっていうパートナーの言葉や行動。

    もやもや、イライラが増産されます。

    そんなときは余裕が削られています。

    ということは、余裕があれば、心を砕ける時もあるはず。

    と思い込み、余裕を持つために、対象から距離を置いて、「そうなんだねー」と感情を捨てます。

    疲れてるときは、休みましょう。

    イヤなら、イヤでいいですよ。

    泣きたい時もありますよね。

    意味わからないけど、今あなたはそれがしたいのね。

    そんな心持ちを作り上げていきましょう。

    2 心の余裕はどう作るか?

    余裕を持つのって、精神的にも物理的にも大切です。お金も気になるし、時間も気になる。

    世の中気になることばかりで、とても余裕なんて生まれない。

    …そんなことも、ないのです。

    要は、気持ちの方向性なのです。

    「なんなんだ、こいつ。」と思ったら、

    自分に余裕がないと認識しましょう。

    そしたら、勝ちです。

    「余裕がないから、イラッとするんだよね。」

    と、対象に伝えてもいいかと思います。

    第一に、余裕がない自分を自覚。

    その後、やることやって息抜きをしましょう。

    わたしの場合、途中で投げ出してからまた戻るのは嫌です。嫌なことははじめに片付けてしまいましょう。

    3 忙しさに自分を忘れてしまうあなたへ。

    日々、育児や家事、仕事に明け暮れているからこそ、自分を蔑ろにしてしまいがちです。

    そんなときこそ、疲れたことを自覚して、自分を労ることが必要です。

    労ることで、物事を多角的に見る力が再生され、無駄にイライラすることが減っていきます。

    本来の自分が蘇る、とも言えます。

    大丈夫、手を抜くのではありません。

    一度自分を見返し、効率よく物事に対処していく力を再生させるための時間です。

    どこに何を投資するか、どこに時間を割くかはあなたのこころ次第。

    まずは、思い切ってやってみることを、お勧めします。

  • イヤイヤ期と思わず、親としての成長期だと思うこと

    忙しいから、楽しい育児を。

    こんにちは。

    年子を育てる30代です。

    毎日が矢のように過ぎていきますが、その中でわたしが子どもたちから教えられた、「待つ」ことの意義をご紹介します。

    子どもは親を育ててくれます。楽しいこともそうでないことも、一緒にいるからこそ、わかる気持ちがあります。

    育児に忙殺されている時は気付けませんが、少し自分と距離を置くことで見えてくるものがあります。

    1 「待つ」力

    子どもには「イヤイヤ期」という名のつく時期があります。うちの子どもの場合は、「ダメ」でした。お風呂も「ダメ」、着替えるのも「ダメ」、おむつ替えも「ダメ」。この「ダメ」攻撃に一時期はイライラさせられましたが、子どもなりにルールがあり、伝えたくとも伝わらないもどかしさも相まって、「ダメ」になるのですよね。

    うちは、まず「待つ」。

    イラっとしても、言葉で示して、待つ。

    はじめはとても時間がかかりましたが、今は「次これやったら、~するよ。待ってるからね。」の声かけの後、トコトコ行動してくれます。

    約1ヶ月の押し問答期間もあり、どうなることかと不安でしたが、子どももきちんとわかってくれることが親もわかって一安心。

    言葉は拙いけれど、子どもも1人の人間。そのことをしっかりとわたしたちに刻み込んでくる1ヶ月だったように思います。

    子どもにも個体差があり、何も言っても、待つのもダメ。そんなとこもあると思います。

    育児は日々更新されていきます。

    そのことを親のわたしたちが認識して、子どもの発信する「イヤ」とどれだけ向き合い、時には流して、やるべきことを取り上げられるか。

    今しかない「イヤ」を試行錯誤の中で迎えていくのも面白いものです。

    2 一緒にいられる時間

    どんなことも終わりがあることを考えると、自然と心の向き方が変わります。

    オムツを替えるのは、あと何回だろう?

    着替えを手伝えるのはいつまでだろう?

    一緒に絵本を読んでくれるのは、いつまでだろう?

    子育ては、いつか終わります。

    だから。

    だからこそ、一緒にいられる時間を、イラっとしても、ふとした時に、思い出したいですね。

    「あんなことも、あったよね」

    そんなふうに思える日が遠からず近づいています。それを考えると寂しくなります。

    だからこそ、いまを、大切にしたいですね。

    3 しんどいあなたへ

    育児と仕事に、やることは終わりが見えなくて、けれど誰も手伝ってくれなくて、どうしようもない時、ありますよね。助けてほしいとすら、思わず、「早く終わって」としか思えない時期もあるはずです。

    そんな時もあっていいと思います。

    イラっとしてもいいと思います。

    忘れないでほしいのは、その疲れた表情を、子どもが見ているということ。

    子どもたちは、本当によく見て聞いて、学んでいます。

    わたしたち大人のすること全て、アンテナを張っているかのように。

    純粋に、全てを吸い込みます。

    だから、親である「わたし」へ。

    まずは、「わたし」の機嫌をとりましょう。

    その一歩で、忙しさやしんどさの色が変化します。

    完璧なものはないからこそ、

    オリジナルを目指して

    日々を楽しく過ごしていける。

    そんな大人になりたいと、

    切に思います。

  • 選択の優位性と時間の質

    30代のメンタル強化

    こんにちは。

    年子を育てる30代です。

    育児と仕事をしていると、自分の中でうまく処理できない感情に出逢います。子どもの泣き声にイラッとしたり、上司や後輩からの言葉の裏側を想像してもやもやしたり、レジがめっちゃ並んでるのに、店員さんがゆっくりだったり…

    些細なことに自分の感情を逆撫でされて、疲弊する日もあります。

    前向きに考えたいのに、うまく切り替えられない自分が嫌だなあと思いつつも、モヤモヤ続行…

    こんな思考の時に、時間の意味変換方式が有効と言われます。

    わたしの中でどのように時間の意味変をしているか、少しご紹介します。

    1 時間を何に「投資」するか?

    時間は平等に、冷酷に同じ分だけ分配されています。そこで、イラっとする育児や仕事を、「やらなければならない」と思うと、時間が長く感じられます。これは「早く時間が経たないかな」とか、「早く終わって欲しい」と時間を気にすることで、より時間を意識することで起こる現象です。

    この、「やらなければならない」意識を、「やり終えたら楽しいことがある」に切り替えられるか。そこが時間の流れを自分のものにする、最大の転機となります。

    やりたくないけど、やり終えたら何か楽しいことがある。こうした意識の変化が、時間の質を高めていきます。

    質が高まることで、自分のメンタルも次の「楽しい」を目指して、前へと進みます。

    時間をどんな気持ちに投資しながら使うか。

    使い方次第で、1日の質も変わってきます。

    2 自分が変わることが大前提

    時間の使い方を自分の中でコントロールしながら、次は自分の整頓。

    時間は限られています。

    嫌なこともやらなければならないです。

    もうすぐ退社して子どもたちのお迎えも待っています。

    タスクが山積みな毎日を、どのように「楽しく」していくか。

    やはり、自分の意識の変化が重要となります。

    小さな変化でいいのです。

    たとえば

    • 早起きができた!
    • 朝ごはんをゆっくり噛んで食べた!
    • いつもより大きな声で「おはよう」って言えた!

    些細な自分の変化を楽しんでください。

    この積み重ねが、時間の質の変化につながり、他者を巻き込む上質な変化へと繋がっていきます。

    3 何を選んでも間違いではない

    うまくいかない時、うまくいってくる時、どんな時も人生は選択の毎日です。

    どちらを選ぶのが正解か。

    わたしは正解を選びたくて悶々としてしまいます。けれど、よく考えます。

    「どちらを選んでも、きっと後悔はあるし、失敗もある。けど、いまはこっちがいいと思うんだ。」という心持ちが、未来のわたしをいつも支えています。

    選ぶのは、現在の楽しみか未来の楽しみか。

    どちらを優先しても、間違いではありません。

    目の前にあるチョコレート。

    どうしようかなと思います。

    悩みますが、今回は未来の自分のしために、そっと棚に戻しておこうと思います。

  • 自分の時間を生み出すために〜育児と家事と仕事との兼ね合い

    こんにちは。

    年子を育てる30代です。

    育児雑務、名もない家事、仕事…

    こんな日常の中、自分時間の確保は理想論でしかない。

    そんな気持ちでいました。

    しかし、このままでは楽しくない!

    どうにかこうにかして、自分時間の獲得を決めました。

    自分の時間、わたしはこうやって作ります。

    ステップ1 やりたいことは何?

    スマートフォンでも紙でもいいので、やりたいことを書き出します。

    迷ったら、書いておく。

    書く時間もいつでもいいのです。

    子どもたちがお昼寝している時、おもちゃを1人で集中している時、など、ふとした時に浮かぶ「あれやりたいなあ」を書き留めておきます。

    「やりたかったなあ」という気持ちも、忘れずにメモ。

    それはきっと自分の中で優先度が高くない、もしくはやりきれなかったことかもしれません。再チャレンジの機会も、自分に与えてあげましょう。

    ステップ2 頭の中の整理と実行

    「やりたいこと」リストができたら、まずは優先度を確認。

    取捨選択し、優先度を並べ替えます。やりたい順に番号を振る形でいいのです!

    そして、今日やるか今週やるか、今月やるか。

    いつやり遂げておきたいか、ゴールを定めます。

    体力と時間の相談ですが、ここで心のスイッチが稼働する人は実行のみ!

    わたしは、まだまだエンジンがかからないので次の段階へ。

    ステップ3 時間の確保

    時間を作り出すのって、言うは易し、です。

    具体的にどこから削り出すか。

    わたしは、朝とお昼寝のとき、夜を選びました。

    子どもたちは朝早く、5:30には目覚めます。

    なので、わたしは5時に起きます。

    しんどいけど、起きます。

    30分、自分のやりたいことをして過ごします。

    そうすると、子どもたちが起きてきた時、なんとなく心に余裕が生まれています。

    昼寝の時は、近くに本を積んで読書一択。

    夜は細々したことをやるため、特に何も決めずに、自由時間に。

    このルーティンが確立されたいま、心なしか、育児も家事も仕事もなんとかなる、そんな気持ちが強まっています。

    最後に

    たくさんのことを一度に担っている方々、本当にお疲れ様です。

    どんな時も自分優先、なんてできるのはほんのわずかな時しかないと思います。

    だからこそ、たまには自分をみつめ、思考を緩め、心を抱きしめましょう。

    そのための、自分時間。

    おすすめです。

  • 忙しい時、だからこその日記推奨

    こんにちは。

    年子をそだてる30代です。

    育児と家事と仕事と…、さまざまなことに忙殺されがちな毎日ですが、日々楽しさを発見しています。

    わたしは1人目からパートナーとともに、育児日記をつけています。電子化も考えましたが、ノートに日々の子どもの様子を書きつられています。2人目となり、また育児日記をつけていて、あることに気がつきました。それは、2人の違いとそれに対するわたしの気持ちの変化の移ろい。これが、面白い。今回は育児日記をヒントに、日記のあり方を見直してみたいと思います。

    1 日記をつけるか、悩むならば。

    日記はつけたほうがいい。

    もちろん育児日記も。

    これ一択です。

    それはなぜか。

    過去の自分が未来の自分を

    可視化出来る方法の一つが、

    日記であるからです。

    悩むなら、始めてみる。

    途中で辞めてもいい。

    気持ちは軽く、

    ノートに日付を書いてみましょう。

    2 日記のメリットは?

    日記のメリットは

    自分を可視化できるから。

    育児日記を読み返すと、

    同じ時に同じことで

    迷っていたことがわかります。

    過去の自分のやり方を見返して、

    今の自分だったら…と

    リメイクしていく。

    日記は過去の自分から未来の自分への

    エールでもあります。

    3SNSでの日記はどう?

    ブログをやっているわたしから言うのも説得力がないですが、日記は断然紙(ノート)!

    確かにスマートフォン一つで、

    アプリを入れればいつでも

    日記が書けてしまう現代です。

    とても便利。

    だ、けれども。

    わたしは紙の保存性、

    即時開示可能、

    文字から読み取られる感情を

    ぜひ体験して欲しい。

    スマートフォンではなく、

    書くことで、

    いつでも見返せる。

    充電もいらない。

    不安に押しつぶされそうな文字を

    今なら大丈夫だよって

    応援したい気持ちになる。

    日記は、

    心を豊かにする力もあるのかもしれません。

    4日記もしくは書くことで培われる力は?

    日記から何を得るか。

    その効果は即時的なものもあり、長期的な見方をした方が良いものもあります。

    ⭐︎即時的なもの

    文章力の向上、自己内省、ストレス発散

    ⭐︎長期的なもの

    継続力、内省する力の育成、安心感

    これらはわたしが感じているものに

    過ぎません。

    日記から得られる効果は

    人によって精神安定にもつながるはずです。

    最後に

    やってみようという気持ちを

    大切にしましょう。

    やり始める前の検証も大切です。

    飛び込むことも面白さを秘めています。

    育児という変化を迎えて、

    日々格闘する中で、

    その変化を直に感じ取れる時間が

    日記には流れています。

  • 常識を疑える心をもつこと

    「当たり前」≠常識

    ジェンダーフリーや、

    グローバル化と唱えられ、

    「当たり前」がどんどん刷新されている。

    30代ともなれば

    責任ある役柄を任されたり

    後進の指導にあたったりすることも

    多々起こる。

    その中でいま、

    世代格差がうまれ、

    ハラスメント問題が

    どんどん表面化し、

    変化の時がやってきている。

    30代のわたしの「当たり前」は

    後輩たちの「当たり前」ではなく、

    世界の「常識」でもない。

    わかりきっていることだ。

    この状況をいかに乗り越えていくか、

    もしくは乗りこなしていくか。

    それがわたしたちの課題となる。

    今回は後輩への向き合い方を重点に考えてみる。

    1わたしという個人を再発見

    平成生まれのわたしは、

    学生の時、スマートフォンはなかった。

    だからこそ、

    交換日記があったり、

    部活動日誌があったり、

    手紙があった。

    今でも手元に残る手紙や、

    部活動の手書きのメモは、

    貴重な思い出のかけらである。

    いま、

    それはデジタルに置き換えられている。

    言葉を自分の頭から捻り出し、

    自分の手で書き出した言葉ではなく、

    画面上の言葉と共に、

    生きている世代だ。

    情報が生命線、と言われる時代。

    だからこそ、

    上の世代であるからこそ、

    できる配慮、

    思考がある。

    2私たちの武器は何?

    私たちの世代の最大の武器は、

    言葉を大切にする時間が

    多かったことである。

    この利点は、

    自己内省の深さにつながり、

    他者理解の端がかりにもなる。

    わからないことを、

    自分で、

    わかるまで調べる。

    そんな力が、

    言葉を紙に書いて、

    向き合ってきた世代だからこそ、

    備わっている。

    欠点もある。

    言葉を選びすぎてしまい、

    何が言いたいわからなくなる。

    本当のあっているか、

    自信がなくなり、

    結局は何もいえずに終わる。

    こうした失敗は、

    次につながる。

    むしろ失敗した方がいい。

    自分の言葉の選択の仕方の癖、

    自己や他者への関わり方の癖が、

    自然と浮かび上がってくる。

    3上手くいくことは稀。そんな気持ちで臨もう。

    わたしの失敗談をあげよう。

    社会人8年目、

    幾度となく後輩ができ、

    その度に向き合い方がうまくいかなかった。

    後輩の姿を見ると、

    気にしてあげないと、

    と意識してしまう。

    その結果、鬱傾向になったり、

    震えが止まらなかったり、

    不眠になったり、…

    自分が壊れてしまうのでは、

    と怖くなった。

    誰も悪くない。

    上手くいえない自分が悪い。

    上手く指導できない自分の、

    要領の悪さが問題である。

    そんな悪循環の中にあった。

    そこから抜け出せたのは、

    物理的対策だった。

    • 後輩と距離を置く。
    • 自分を可視化できるようにする体制を作る。

    この悪循環は、

    私の余裕のなさからの産物である。

    無視してはいけない。

    今が踏ん張り時だ。

    と、当時の自分を鼓舞したい。

    この後、

    後輩との関わり方が少しずつ柔らかくなり

    自分の中で納得のいくものと変わった。

    結果論として、

    他者を変えようとしてはいけない。

    自分自身が適応するのである。

    価値観の違う生き物だと思い、

    当たり前を捨てて、向き合う。

    わたしが、も大事だ。

    あなたは、も大事だ。

    4頑張ろうとしているあなたへ

    後輩との距離感は難しい問題である。

    しかし、こうした事例を

    何度か繰り返すうち

    少しずつわたしの中の変化に、

    自分で気づけるようになった。

    合言葉は、「ま、いっか」

    あなたは間違ってない。

    後輩も間違ってない。

    気にするとしたら、

    自分に余裕があるかどうか。

    当たり前なんかない。

    常識も常に移ろっていく。

    まずは、深呼吸。

    自分がまずいな、と気づいただけで、

    もうスタートは切れている。

  • 忙しいが口癖になる前に

    「忙しい」と言ってしまうことは

    「やらなくてもいいこと」である。

    「忙しいけどやりたい」ことは、

    本当に「必要なこと」である。

    育児と仕事を両立し、

    その中で自分の時間を捻り出すことは、

    何かを削っていることになる。

    削る=マイナス要素が多い。

    しかし、本来は、

    自分時間=心の余裕の表れ

    つまり、プラスの要素しかない。

    この自分時間が作り出せない時は、

    余裕がない時が多い。

    そして、

    余裕がない時は判断ミスが多い。

    判断ミスが多くて何もかも嫌になる。

    こんな悪循環に陥ることもしばしばある。

    この悪循環を断ち切るには、

    • やりたいことを真剣に考えてみる。
    • やってみる。

    この2択が有効である。

    これがなされない時、

    それはやらなくていいこと、

    必要性がないのである。

    20代を振り返ると、

    ただがむしゃらに仕事へ行き、

    休日は寝室からほとんど出ない。

    スマートフォンで手遊びをし、

    いつの間にか夕方。

    面倒だからご飯も適当。

    いつの間にか夜。

    こんな日々が多かった。

    もったいなかった、と思う。

    けれど、この時は、

    この行動が心を安定させるために、

    必要だったのだ。

    30代になり、

    仕事に育児も加わった今、

    変化が起きている。

    忙しいから、

    夜の時間の貴重さがわかる。

    自分が1人になれる時の、

    安心感の深さが違う。

    だから、

    やりたいことの優先順位をつけて

    その日の自分のペースに合わせて、

    スパンを長く見積もって、

    取り組むことに面白みを感じる。

    • 読書
    • ゲーム(10代から変わらない)
    • 美味しいものを検索
    • 子どもたちとの散歩

    この4つを主軸として、

    夜の自分時間がゆったりと回されていく。

    もちろん、

    本当に時間がない時もある。

    子供がなかなか寝つかなかったり、

    夜泣きがあったり。

    家事が追いつかず、

    いつの間にか寝る時間だったり。

    そんな日もある。

    それでいいと思う。

    忘れてはいけないのは、

    わたしもあなたも

    1人の人間であるということ。

    子どもがいるから、

    完璧にやる必要はない。

    仕事があるから、

    他を犠牲にする必要はない。

    1人の人間として、

    自分にここまでやれたら、

    合格だね。

    そういう心づもりでいることが肝要だ。

  • 付き添い入院と成長

    子どもが2人いる。

    まだ小さく、とても脆い存在であり、

    またとても大きな力で持って、

    わたしを成長させてくれる存在である。

    この2人のうち、

    下の子が生まれてから

    3回、入院している。

    その都度、わたしは付き添い入院をし、

    上の子はパートナーとともに、

    2人で急場を乗り切ってきた。

    付き添い入院から得たもの

    • 我が子の大切さ
    • 健康の素晴らしさ
    • 家族という関係の強さ

    我が子」という存在の希少性

    コロナ禍では付き添い入院ができず、

    ほぼ管理入院であったという。

    1回目の緊急入院は心が追いつかず

    いつのまにか時間が過ぎ、

    経過観察のための退院となった。

    2度目の検査入院は1週間という

    終わりの見える入院だった。

    上の子とパートナーと、

    退院する日を指折り数えていた。

    3度目の検査入院では

    医師からはまだ子どもが小さく、

    記憶にも残らないため、

    親の負担軽減のための管理入院を勧められた。

    期間も約1ヶ月、

    まずは付き添い入院後に

    管理入院に切り替える形を取ろうと

    医師と計画していた。

    管理入院は、つらかった。

    子どもはもちろん、

    親であるわたしが、耐えられなかった。

    管理入院は面会が可能で、昼間~夜まで、

    下の子と一緒に過ごし、

    時間になると家に帰って上の子と過ごす。

    言葉にしてみると

    そこまで無理のないように見える。

    だが、わたしの場合、

    そこが落とし穴だった。

    理論上、下の子の面談にも行ける、

    上の子と一緒にいられる時間もできる。

    しかし、

    夜の病院の知らない場所で

    周りの患者さんたちの泣く様子、

    機械の音、

    どれもこれも、

    下の子1人で耐え切ってほしいとは

    思えなかった。

    パートナーと相談し、

    また付き添い入院に戻してもらった。

    ほっとしたのと同時に、

    まずはわたしのやれることを、

    と気合が入った。

    下の子の入院していた病棟には

    様々な状況下の子どもたちがおり、

    それぞれが一生懸命に生きていた。

    もし、わたしが下の子と

    ずっと付き添い入院で過ごしていたら、

    聞けなかったであろう「声」も、

    多くあった。

    いま、この腕の中にある、

    小さな命たちとともに、

    懸命に生きたいと

    強く実感させられた。

    健康であること

    上の子は風邪こそ引くが、

    入院という規模の病には幸運にも罹らず、

    元気に過ごすことができている。

    これが、幸運である、

    ということに、下の子のおかげで

    気づくことができている。

    生きてここにあること、

    その重要性を、

    病棟で過ごした日々から

    切に感じる。

    奇跡の積み重ねの中に、

    わたしはこどもたちとともに、いる。

    「家族」のあり方

    入院に向けて、

    パートナーとは多くの話をした。

    上の子をいつもより

    多く抱きしめるようになった。

    下の子の呼吸音に、

    安堵する時間が増えた。

    様々な家族がある中で、

    この中にいられてよかった、

    と心から思う。

    これから、付き添い入院をするあなたへ。

    子どものことが心配なのはもちろんだ。

    けれど、まずは自分の体調状態を

    整えて臨むことが重要である。

    付き添いは、過酷である。

    簡易ベットがあったとしても、

    やはり満足な休息は得られない。

    わたしは自分の中でのルーティンを決め、

    それを達成できたかどうか、

    日記にして、

    子どもと話して確かめ合って、

    自分を鼓舞していた。

    子どもは、大人を見ている。

    大人が元気にしっかりとみつめれば、

    子どもも環境が変わっても、

    適応しようと努力してくれる。

    大丈夫、いつか終わりはやってくる。

    それまでの嵐をどう乗りこなすか、

    楽しめるよう、準備をしていこう。