活字を読む
こんにちは。
年子と暮らす30代です。
図書館によく行く中で、10代の頃に読んでいた作品をふと読み返す機会に恵まれました。懐かしいし、なんとなく不思議な感覚。
個人的に好きな作家さんは増えていっています。10代の頃に好きだった作品を読み返した時、あの頃に戻れた気持ちになりました。
初めて読んだ時のドキドキ感ではなくとも、「そうだったよね」という安定感をひしひしと感じるこの頃。
時間の流れは不可逆ですが、その中で、読書は時間を巻き戻してくれることが多いように思います。
実用書をあまり読まないので、小説がメインです。
小説の持つ力は、偉大です。
個人的な考え方ですが、小説の良さを考えてみたいと思います。
1 立ち止まる勇気
近年、自己啓発書なるものが多く点在し、流通を極めています。
時たま書店でパラパラ巡ることがあります。
…やはり、「響かない」のです。
小説は、言葉の集合体であり、創造力の結晶でもあります。
ホラー以外のジャンルには手を出すようにしています。
読むことで、言葉が頭の中で踊り始める。
わたしの読書はこの感覚です。
知らなかったことを知る。
これは実用書にも言えることです。
小説はその中でも、心に「響く」言葉を、作者があたためてくれた何かを、読者であるわたしが受け取ることができます。
実用書も同じ?
いえいえ、少し違います。
何が違うか?
実用書は読んで「ためになった」という感想が好ましいのかもしれません。「役に立った」と思える内容が望まれているのかも。
小説の言葉は、役に立たなくていいのです。
ただ、そこに「ある」だけでいいのです。
小説を読む時間、心は立ち止まり、休息を得ます。
言葉たちが踊る中、わたしはその輪の近くに腰を下ろす。そこでみたもの、聞いたものは、わたしの中に染み込んできて、消えていきます。
これが、小説です。
心の中にふとした時に浮かぶ言葉、フレーズ。
歌詞のように舞っている言葉たち。
この感覚が、読書であり、この積み重ねが創造につながっていくと感じています。
2 活字を終えない人へ
スマートフォンが普及し、電子書籍も横溢している現代。わたしは断然紙を薦めます。
本を手にしている感覚こそ、活字を目で追う喜びこそ、紙であるが故に深みを増すものだと思っています。
紙はかさばります。
重たいです。
汚れると落ちません。
だけど、ここにあります。
手にとって、読んでいる実感があります。
小学生の頃、ハリーポッターの本を手に初めて徹夜した時。
どうしても読みたくて、休み時間の10分でコソコソ読んだコバルト文庫。
父に無理を言って、発売日に買ってきてもらった宮部みゆきさんの新刊。
どれもこれも、わたしの中に染み込んでいる本を巡る「物語」が響いています。
こんな体験、ゲームアプリではできないのです。
いえ、できるかもしれません。
だからこそ、本もお勧めします。
活字を見ることが苦手な人が増えているそうです。スマートフォンやAIが全てやってくれるため、書かずに読まずに済む時代です。
とても、勿体無い。
わたしたちの目を、時間を、創造のためのゆとりを、ぜひ感じてほしいものです。
漫画や絵本からでいいと思います。
まずは慣れる。
それが大切。
嫌いとかそう言った次元ではないのです。いやとかではなく、活字こそ、人を豊かにする産物の一つです。
3 おすすめのな本はと聞かれたら?
よく「本を読みます」と他者に伝えると「おすすめは?」とか聞かれます。
これ、とても難問です。
その人がどんな人かわからないし、どんな需要をもってわたしに聞いているのか、わたし自身が試されている感覚になり、とても慎重になります。
推せる作品を否定されることも多々あります。
けれど、否定できるってことは読んだってことですもんね。そう考えると議論の余地ありという感覚で、お話が弾む気がします。
わたしはとりあえず、おすすめを聞かれたら、「どんなものが読みたいの?」と聞くようにしています。相手の射程範囲を聞いて、ストライクにはならずとも、どうにか受け入れられるような作品を提示したいと思ってしまいます。
ただの自己満足です。
けれど、それが読書であり、
創造する力の育成でもある。
そう考えています。
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