読書から世界を知る
こんにちは。
年子を育てる30代です。
家が狭いので、以前のように新刊をすぐに購入することが稀になったこの頃。
読書から足が遠のいたと思いきや、地域の図書館の予約システムをフル活用して、予約本を楽しみに待つ日々。
10代のころは発売日までが本当に待ち遠しくて、学校が終わったら飛んで帰って、父と本屋に行くのを待っていました。
都会とは言えない地元なので、発売日前には絶対搬入されず、発売日が過ぎてもないこともしばしば。
ネットが普及し、通販や電子書籍が市場に出回っている現代を、あの頃のわたしに伝えてあげたいです。
仕事と育児の隙間をぬって、ぬくぬく読む本は、本当に心を穏やかにしてくれます。
こんな読書、いかがですか?
1 本は、言葉なり。
本を読む、と言えど、どんな本を読むか、その人の趣味嗜好があらわれ出るものであり、すぐにお披露目するには、まだまだわたしには修行が必要です。
なので、わたしがルーティンにしている読書週間をお見せします!
まずは、1日一回は活字に触れる!
これがないと、やってられません!
新刊?積読?
そんな言葉はいりません。
読みたい本は、いつもどこかにあります。
それが新刊であったり、既刊であったりするだけです。
30年以上生きてきて、同じ本を何回も読むことが多いわたし。
その心は。
一重に、本の中の、あの言葉たちに、会いたいから。
もう、ラブコールです。
すきとかではなくて、目に触れたいと思うのです。
それによって、変わっていない何かを、無意識に確認し、咀嚼し、安堵しているのです。
新刊という定義は、ほんと、そのままな場合が多いです。しかし、わたしの中では全ての本が新刊です。
同じ時、同じ場所、同じ気持ち。
そんなことはこの人生の中で数えるほどしかありません。
既刊こそ、新刊たる貫禄を持ち合わせているのです。
2 何はともあれ、どくしょ。
本を読む時間があったら、寝たい。
育児に慣れなかった時は常々そう考えていました。しかし、気付きました。
わたしには、活字が必要。
活字こそ、思考の原動力となり、わたしを強く律していく。
この気持ちが強く強く、わたしの心を揺さぶります。
仕事復帰を見越し、読書も再開され、心の余裕が生まれ、仕事復帰がうまく行ったように思います。
人にはそれぞれの特性があり、それぞれの役割があるといいます。
わたしの場合、本を読むことで、全てをクリアにできる思考を手に入れている気持ちがあります。
読むことこそ、己と対話すること。
自分のことがわからなくなった時、わかりたいと思う時、逆に離れたいと思ったときこそ、読書を勧めます。
簡単です。
言葉はわたしに寄り添い、叱咤し、激励します。孤独とも取れるかもしれません。
しかし心地よいのです。
この気持ちが良い形で自分に作用していると気づけること。
それが自己理解の第一歩であり、読者の持つ力であると確信しています。