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  • 忙しい時、だからこその日記推奨

    こんにちは。

    年子をそだてる30代です。

    育児と家事と仕事と…、さまざまなことに忙殺されがちな毎日ですが、日々楽しさを発見しています。

    わたしは1人目からパートナーとともに、育児日記をつけています。電子化も考えましたが、ノートに日々の子どもの様子を書きつられています。2人目となり、また育児日記をつけていて、あることに気がつきました。それは、2人の違いとそれに対するわたしの気持ちの変化の移ろい。これが、面白い。今回は育児日記をヒントに、日記のあり方を見直してみたいと思います。

    1 日記をつけるか、悩むならば。

    日記はつけたほうがいい。

    もちろん育児日記も。

    これ一択です。

    それはなぜか。

    過去の自分が未来の自分を

    可視化出来る方法の一つが、

    日記であるからです。

    悩むなら、始めてみる。

    途中で辞めてもいい。

    気持ちは軽く、

    ノートに日付を書いてみましょう。

    2 日記のメリットは?

    日記のメリットは

    自分を可視化できるから。

    育児日記を読み返すと、

    同じ時に同じことで

    迷っていたことがわかります。

    過去の自分のやり方を見返して、

    今の自分だったら…と

    リメイクしていく。

    日記は過去の自分から未来の自分への

    エールでもあります。

    3SNSでの日記はどう?

    ブログをやっているわたしから言うのも説得力がないですが、日記は断然紙(ノート)!

    確かにスマートフォン一つで、

    アプリを入れればいつでも

    日記が書けてしまう現代です。

    とても便利。

    だ、けれども。

    わたしは紙の保存性、

    即時開示可能、

    文字から読み取られる感情を

    ぜひ体験して欲しい。

    スマートフォンではなく、

    書くことで、

    いつでも見返せる。

    充電もいらない。

    不安に押しつぶされそうな文字を

    今なら大丈夫だよって

    応援したい気持ちになる。

    日記は、

    心を豊かにする力もあるのかもしれません。

    4日記もしくは書くことで培われる力は?

    日記から何を得るか。

    その効果は即時的なものもあり、長期的な見方をした方が良いものもあります。

    ⭐︎即時的なもの

    文章力の向上、自己内省、ストレス発散

    ⭐︎長期的なもの

    継続力、内省する力の育成、安心感

    これらはわたしが感じているものに

    過ぎません。

    日記から得られる効果は

    人によって精神安定にもつながるはずです。

    最後に

    やってみようという気持ちを

    大切にしましょう。

    やり始める前の検証も大切です。

    飛び込むことも面白さを秘めています。

    育児という変化を迎えて、

    日々格闘する中で、

    その変化を直に感じ取れる時間が

    日記には流れています。

  • 常識を疑える心をもつこと

    「当たり前」≠常識

    ジェンダーフリーや、

    グローバル化と唱えられ、

    「当たり前」がどんどん刷新されている。

    30代ともなれば

    責任ある役柄を任されたり

    後進の指導にあたったりすることも

    多々起こる。

    その中でいま、

    世代格差がうまれ、

    ハラスメント問題が

    どんどん表面化し、

    変化の時がやってきている。

    30代のわたしの「当たり前」は

    後輩たちの「当たり前」ではなく、

    世界の「常識」でもない。

    わかりきっていることだ。

    この状況をいかに乗り越えていくか、

    もしくは乗りこなしていくか。

    それがわたしたちの課題となる。

    今回は後輩への向き合い方を重点に考えてみる。

    1わたしという個人を再発見

    平成生まれのわたしは、

    学生の時、スマートフォンはなかった。

    だからこそ、

    交換日記があったり、

    部活動日誌があったり、

    手紙があった。

    今でも手元に残る手紙や、

    部活動の手書きのメモは、

    貴重な思い出のかけらである。

    いま、

    それはデジタルに置き換えられている。

    言葉を自分の頭から捻り出し、

    自分の手で書き出した言葉ではなく、

    画面上の言葉と共に、

    生きている世代だ。

    情報が生命線、と言われる時代。

    だからこそ、

    上の世代であるからこそ、

    できる配慮、

    思考がある。

    2私たちの武器は何?

    私たちの世代の最大の武器は、

    言葉を大切にする時間が

    多かったことである。

    この利点は、

    自己内省の深さにつながり、

    他者理解の端がかりにもなる。

    わからないことを、

    自分で、

    わかるまで調べる。

    そんな力が、

    言葉を紙に書いて、

    向き合ってきた世代だからこそ、

    備わっている。

    欠点もある。

    言葉を選びすぎてしまい、

    何が言いたいわからなくなる。

    本当のあっているか、

    自信がなくなり、

    結局は何もいえずに終わる。

    こうした失敗は、

    次につながる。

    むしろ失敗した方がいい。

    自分の言葉の選択の仕方の癖、

    自己や他者への関わり方の癖が、

    自然と浮かび上がってくる。

    3上手くいくことは稀。そんな気持ちで臨もう。

    わたしの失敗談をあげよう。

    社会人8年目、

    幾度となく後輩ができ、

    その度に向き合い方がうまくいかなかった。

    後輩の姿を見ると、

    気にしてあげないと、

    と意識してしまう。

    その結果、鬱傾向になったり、

    震えが止まらなかったり、

    不眠になったり、…

    自分が壊れてしまうのでは、

    と怖くなった。

    誰も悪くない。

    上手くいえない自分が悪い。

    上手く指導できない自分の、

    要領の悪さが問題である。

    そんな悪循環の中にあった。

    そこから抜け出せたのは、

    物理的対策だった。

    • 後輩と距離を置く。
    • 自分を可視化できるようにする体制を作る。

    この悪循環は、

    私の余裕のなさからの産物である。

    無視してはいけない。

    今が踏ん張り時だ。

    と、当時の自分を鼓舞したい。

    この後、

    後輩との関わり方が少しずつ柔らかくなり

    自分の中で納得のいくものと変わった。

    結果論として、

    他者を変えようとしてはいけない。

    自分自身が適応するのである。

    価値観の違う生き物だと思い、

    当たり前を捨てて、向き合う。

    わたしが、も大事だ。

    あなたは、も大事だ。

    4頑張ろうとしているあなたへ

    後輩との距離感は難しい問題である。

    しかし、こうした事例を

    何度か繰り返すうち

    少しずつわたしの中の変化に、

    自分で気づけるようになった。

    合言葉は、「ま、いっか」

    あなたは間違ってない。

    後輩も間違ってない。

    気にするとしたら、

    自分に余裕があるかどうか。

    当たり前なんかない。

    常識も常に移ろっていく。

    まずは、深呼吸。

    自分がまずいな、と気づいただけで、

    もうスタートは切れている。

  • 忙しいが口癖になる前に

    「忙しい」と言ってしまうことは

    「やらなくてもいいこと」である。

    「忙しいけどやりたい」ことは、

    本当に「必要なこと」である。

    育児と仕事を両立し、

    その中で自分の時間を捻り出すことは、

    何かを削っていることになる。

    削る=マイナス要素が多い。

    しかし、本来は、

    自分時間=心の余裕の表れ

    つまり、プラスの要素しかない。

    この自分時間が作り出せない時は、

    余裕がない時が多い。

    そして、

    余裕がない時は判断ミスが多い。

    判断ミスが多くて何もかも嫌になる。

    こんな悪循環に陥ることもしばしばある。

    この悪循環を断ち切るには、

    • やりたいことを真剣に考えてみる。
    • やってみる。

    この2択が有効である。

    これがなされない時、

    それはやらなくていいこと、

    必要性がないのである。

    20代を振り返ると、

    ただがむしゃらに仕事へ行き、

    休日は寝室からほとんど出ない。

    スマートフォンで手遊びをし、

    いつの間にか夕方。

    面倒だからご飯も適当。

    いつの間にか夜。

    こんな日々が多かった。

    もったいなかった、と思う。

    けれど、この時は、

    この行動が心を安定させるために、

    必要だったのだ。

    30代になり、

    仕事に育児も加わった今、

    変化が起きている。

    忙しいから、

    夜の時間の貴重さがわかる。

    自分が1人になれる時の、

    安心感の深さが違う。

    だから、

    やりたいことの優先順位をつけて

    その日の自分のペースに合わせて、

    スパンを長く見積もって、

    取り組むことに面白みを感じる。

    • 読書
    • ゲーム(10代から変わらない)
    • 美味しいものを検索
    • 子どもたちとの散歩

    この4つを主軸として、

    夜の自分時間がゆったりと回されていく。

    もちろん、

    本当に時間がない時もある。

    子供がなかなか寝つかなかったり、

    夜泣きがあったり。

    家事が追いつかず、

    いつの間にか寝る時間だったり。

    そんな日もある。

    それでいいと思う。

    忘れてはいけないのは、

    わたしもあなたも

    1人の人間であるということ。

    子どもがいるから、

    完璧にやる必要はない。

    仕事があるから、

    他を犠牲にする必要はない。

    1人の人間として、

    自分にここまでやれたら、

    合格だね。

    そういう心づもりでいることが肝要だ。

  • 30代で見つけた保育園事情

    30代半ばになり、

    2人の子どもたちとパートナーとともに、

    日々の成長を感じている。

    2人は0歳から保育園に通っている。

    0歳から保育園。

    賛否両論ある中で、

    わたしの家族は、

    保育園ありき、であると感じている。

    同じ年頃の友人たちは、

    パートナーとともに、

    育休をとったり、

    時短にしたりして、

    長く子どもといることを選択する人が多い。

    いまは男性も女性も、

    働き方改革の中で育児への時間がとれる。

    1歳になるまでは

    親元で育てる家庭も増えているだろう。

    わたしの姉妹や従兄弟も、

    1歳を超えてから保育園を考える人が多い。

    育児への制度利用は

    積極にしていくべきである。

    その活動がどんどん活性化していくことで

    家族という形に、

    どんどん厚みを持たせていく。

    一緒にいられるならば、

    可能な限り、母親も父親も、

    子供のそばにいてあげることは、

    マイナスにはならないはずだ。

    その中でなぜ、0歳から保育園か。

    理由は3つある。

    • 共働き
    • 初めての育児の不安払拭
    • 子どもが人と触れ合う時間の確保

    まず、1番の優先事項として、

    二親とも働いていたことが多い。

    極端な話だが、

    お金がなければ満足な育児もできない。

    現実問題として最たる理由である。

    次は、初めての育児を、

    二親でやるのではなく、

    他者の目を交えて、

    子どもとともに、

    親も成長するためである。

    育児は何が正解か、わからない。

    突発的な発熱はもちろん、

    季節の洋服や、

    成長段階に合わせたあそび、

    声がけや離乳食の段階。

    わからないことだらけであった。

    その中で保育園に通うことで、

    先生方からご助言やご教授をいただき、

    なんとかやってきた。

    親が子育ての不安を、

    抱え込まなくていいように、

    保育園が第二の居場所となっていった。

    最後は、子どもへの影響である。

    できるだけ、小さいうちは親元で。

    その考えに反するものであるかのようだが、

    実際は違うようで同じ種類のものであると

    感じている。

    親として朝と夜、

    大切にしていくきっかけとなる。

    昼間はたくさんの人から抱っこしてもらい、

    子どもが安心できる場所が増えていく。

    核家族化が進行していく現代で、

    子どもが安心できる大人が増える。

    保育園の中で、

    たくさんの愛情と関わりをもち、

    子どもは親とともに成長していく。

    保育園に通わせるか、

    悩んでいるあなたへ。

    たくさんの利点と欠点を比べて、

    右往左往している時間も、

    それはそれで無駄にはならない。

    しかし、

    現実問題をしっかり見つめてほしい。

    保育園の無償化も行われている、

    選び取ってほしい。

  • 付き添い入院と成長

    子どもが2人いる。

    まだ小さく、とても脆い存在であり、

    またとても大きな力で持って、

    わたしを成長させてくれる存在である。

    この2人のうち、

    下の子が生まれてから

    3回、入院している。

    その都度、わたしは付き添い入院をし、

    上の子はパートナーとともに、

    2人で急場を乗り切ってきた。

    付き添い入院から得たもの

    • 我が子の大切さ
    • 健康の素晴らしさ
    • 家族という関係の強さ

    我が子」という存在の希少性

    コロナ禍では付き添い入院ができず、

    ほぼ管理入院であったという。

    1回目の緊急入院は心が追いつかず

    いつのまにか時間が過ぎ、

    経過観察のための退院となった。

    2度目の検査入院は1週間という

    終わりの見える入院だった。

    上の子とパートナーと、

    退院する日を指折り数えていた。

    3度目の検査入院では

    医師からはまだ子どもが小さく、

    記憶にも残らないため、

    親の負担軽減のための管理入院を勧められた。

    期間も約1ヶ月、

    まずは付き添い入院後に

    管理入院に切り替える形を取ろうと

    医師と計画していた。

    管理入院は、つらかった。

    子どもはもちろん、

    親であるわたしが、耐えられなかった。

    管理入院は面会が可能で、昼間~夜まで、

    下の子と一緒に過ごし、

    時間になると家に帰って上の子と過ごす。

    言葉にしてみると

    そこまで無理のないように見える。

    だが、わたしの場合、

    そこが落とし穴だった。

    理論上、下の子の面談にも行ける、

    上の子と一緒にいられる時間もできる。

    しかし、

    夜の病院の知らない場所で

    周りの患者さんたちの泣く様子、

    機械の音、

    どれもこれも、

    下の子1人で耐え切ってほしいとは

    思えなかった。

    パートナーと相談し、

    また付き添い入院に戻してもらった。

    ほっとしたのと同時に、

    まずはわたしのやれることを、

    と気合が入った。

    下の子の入院していた病棟には

    様々な状況下の子どもたちがおり、

    それぞれが一生懸命に生きていた。

    もし、わたしが下の子と

    ずっと付き添い入院で過ごしていたら、

    聞けなかったであろう「声」も、

    多くあった。

    いま、この腕の中にある、

    小さな命たちとともに、

    懸命に生きたいと

    強く実感させられた。

    健康であること

    上の子は風邪こそ引くが、

    入院という規模の病には幸運にも罹らず、

    元気に過ごすことができている。

    これが、幸運である、

    ということに、下の子のおかげで

    気づくことができている。

    生きてここにあること、

    その重要性を、

    病棟で過ごした日々から

    切に感じる。

    奇跡の積み重ねの中に、

    わたしはこどもたちとともに、いる。

    「家族」のあり方

    入院に向けて、

    パートナーとは多くの話をした。

    上の子をいつもより

    多く抱きしめるようになった。

    下の子の呼吸音に、

    安堵する時間が増えた。

    様々な家族がある中で、

    この中にいられてよかった、

    と心から思う。

    これから、付き添い入院をするあなたへ。

    子どものことが心配なのはもちろんだ。

    けれど、まずは自分の体調状態を

    整えて臨むことが重要である。

    付き添いは、過酷である。

    簡易ベットがあったとしても、

    やはり満足な休息は得られない。

    わたしは自分の中でのルーティンを決め、

    それを達成できたかどうか、

    日記にして、

    子どもと話して確かめ合って、

    自分を鼓舞していた。

    子どもは、大人を見ている。

    大人が元気にしっかりとみつめれば、

    子どもも環境が変わっても、

    適応しようと努力してくれる。

    大丈夫、いつか終わりはやってくる。

    それまでの嵐をどう乗りこなすか、

    楽しめるよう、準備をしていこう。

  • 30代の読書

    読書は役に立つのか。

    答えは、イエス。

    人生は長くて百年。

    その中でどれほどの経験をできるか、

    考えてみると圧倒的に時間が足りない。

    いま、仕事と育児に追われて

    「何かしない」と、

    と焦る傍ら、

    何もなっていない現実に、

    自分に、失望することが多い。

    いつのまにか1日が終わっていて、

    いつのまにか、寝る時間となる。

    そんな中でいつ、読書するか。

    30代になって生まれるもの

    • 仕事に慣れてくる余裕
    • 物事の要領をつかみやすくなる
    • 時間を自分のために使える

    簡単にいうと、

    自分のやることを

    自分で選ぶ余裕が出てくる時である。

    転職したい、という考えも

    この時浮かびやすい。

    だからこそ、よく考えてみる。

    今の自分、すきかどうか。

    すきならば、

    もっとすきになるにはどうするか。

    微妙ならば、

    なぜ微妙なのか。

    この問いを突き詰めていくと、

    自己分析になる。

    自己分析とは己を知ること。

    己を知ることで、

    大事にしたいものも

    明確化されてくる。

    たとえば、30代社会人男性。

    仕事では周りから頼られるようになる。

    先輩も後輩もできる。

    良くも悪くも、

    自分の立ち位置があり

    振る舞い方一つで信頼関係がゆらぐ。

    家族もいて、優先できているつもり。

    特に問題のない人生のように思う。

    ここに読書が加わるとどうなるか。

    変化が起きる。

    問題のない人生から少し時間を捻り出し、

    本と向き合うことで、

    1人の時間が生まれ、

    自己をより客観視できるようになる。

    この変化こそ、

    読書の醍醐味である。

    「やっていたつもり」のものに目が向き、

    本当の意味での「やる」ことに気づく。

    ここでの男性でいうならば、

    家族への関わり。

    主体性、と言われるけれど

    当事者として

    家族を見ることができるようになる機会が

    読書によってもたらされる。

    俗にいう、

    啓発本を読む必要はない。

    すきなものでいい。

    おすすめは小説やエッセイだ。

    言葉に触れることで、

    自己の内部が言語化されて

    内省へと自己を導いてくれる効果を、

    言葉は、ないしは読書は持っている。

    言葉は、その人を形作る。

    言葉を知ることで、

    大切な自分を見つけることもできる。

    読書とは、一つの出逢いとも言える。

    どんな本に出逢えるか、

    どんな自分が未来に待っているか、

    そんなワクワクとした気持ちを、

    30代になっている今だからこそ、

    人生に立ち止まる時間だかこそ、

    味わい、噛み締める必要があるのだ。

  • 30代、何を選ぶか

    • 仕事
    • 家庭
    • 趣味

    この3択、何を選ぶのが正解か。

    結論、どれも正解だ。

    自分が選ぶことに

    意義が生まれる。

    よくあるのが、

    考えるだけ時間の無駄

    という考え方。

    別にそう思ってもいい。

    それがその人の選んだことだから。

    考えることで生まれる産物こそ

    その人をカタチづくる

    凄まじいものの一部となる。

    仕事という感覚がなく、

    仕事場にいることで安心ができる。

    しかし、そう思えるのは、

    幾度もしんどかった時期を超えたから、

    見えている景色でもある。

    同時に、

    帰ってきても、

    家族がいても、

    落ち着かなかった。

    今思うと、

    というものの存在を、

    「枷」だと思っていた気がする。

    30代になって、

    家族ができて、

    仕事も落ち着いて、

    やっと考えるのが、

    何を選んだのか。

    何も選んでいないようで、

    要所要所で選択してきた。

    この時、

    • 泣いた
    • 友人から遠ざかった
    • 1人が怖かった
    • 誰にも話せなかった
    心理状態としては最悪。

    この心理状態を、

    何度も超えてきた。

    強いわけではない。

    たくさん泣いたし、

    失敗したし、

    怒られた。

    だけど、選んだ。

    だから、ここに今、

    いるんだと思う。

    考えて、考えて、失敗して、凹んで。

    それでも繰り返し、やる。

    やり方は愚鈍かもしれない。

    それで、いい。

    それが、いい。

    30代なっても、

    幾つになっても、

    愚直に突き進んでいくことが、

    最大の力となる。

  • 不安と向き合うこと

    うまくいかない時こそ、

    自分を底上げできる。

    こんな経験がある

    せっかく準備したのに、

    終わった後、

    なんで誰も喜んでくれないのか。

    「ありがとう」って言ってくれないのか。

    その答えは

    「見返りを求めたわけではない。」

    という心と裏腹に

    なにかの期待があったということ。

    この期待が厄介。

    無意識下にあるからこそ、

    終わってから気づく。

    そんな時は、まず

    深呼吸したい。

    1人になりたい。

    頑張って向き合うのは、

    そこまでやってきた自分を

    抱きしめてからでも遅くない。

    年月の中で、違いに恐怖を覚えたり、

    とても不安に駆られたりする。

    経験のなさが原因と言われると、

    それで済むのかもしれない。

    だけど、恐怖や不安があるのは、

    自分自身のSOSであることを

    忘れずにあるべきだ。

    育児をしている中で、

    漠然とした不安が 

    モヤモヤと

    心の片隅に座っていることがある。

    男とか女とかではなくて、

    ひとりの人間として、

    このままでいいのか、不安がある。

    その不安と向き合うことが

    いまの最大の目標。

    目標は高いほうがいいというけれど

    わたしは、わたしがしっかりと

    手を伸ばせるギリギリのところの

    わたしを、掴みにいく。

    不安こそ、

    自分を成長させる転機となる。

    不安でいい。

    不安があるから、

    前に進む安心を手にするために、

    一歩踏み出そうと思うのだから。

    この文章を読むあなたもそうかもしれない。

    不安こそ、成長の一歩だ。

    あなたは間違ってない。