こんにちは。
パートナーと2人の子どもたちと、毎日少しずつ怒って泣いて、笑って成長しながら過ごしています。
今回は、「登園しぶり」について。
上の子は2歳。
意志がはっきりしており、
嫌なことは絶対イヤ。
保育園も、「まだ行かない」。
お外に出てしまえば、
と思いつつ、毎日試行錯誤です。
1 「行きたくない」なら「行かなくていいよ」?
朝、ドタバタしながら
なんとか保育園の時間までに準備完了。
けれど上の子は「行かない」。
…そうきたか。
ここから、戦いのゴング、
もとい、子どもとの知恵比べが始まります。
もともと、
お外も保育園も、すき。
けれど、なにか引っかかることが、
子どもの中にある様子。
宥めすかして、
選択させて、
どうにかこうにか、
毎日登園しています。
登園しぶりが始まった時、
「何かイヤなことがあるのかな」
「体調悪いのかな」
様々な気持ちが心をよぎりました。
たまには休ませてもいいかな、
と思う時も。
親であるわたしの心の揺れを察知したのか、
上の子は頑なになるばかり。
何が正解なのか、
わからなくて、
同調したり、共感したりしながら、
やっとこさ、連れていく。
こんな毎日でした。
仕事の始業が迫る中の朝の攻防。
子どもも、子どもなりに
まだ、行きたくないと主張します。
どうすべきか。
強行突破になった日もあったし、
こちらが根負けして
行かない日もありました。
何が正解だったのか。
いまのわたしが子どもに伝えられるのは、
「行きたくないのはわかったよ。
けど、わたしも仕事があるから、
保育園に行くよ」
これにつきます。
2歳でも、人間。
イヤイヤ言ってます。
けど、わたしも仕事があります。
わたしも、イヤイヤ言いたいですよ!
だけど、頑張ります。
だから、あなたもイヤだけど、
保育園行きましょう。
行かなくてもいいかなって
思う日もありました。
けど、それは誤学習につながります。
たまには行かなくていい日もあると思います。
メリハリをつけて、
まずは大人(子供より年上なだけだけど)が、
きっぱりと、
「わかったけど、行くよ」
このスタンスでいきましょう。
2 「行きたくない」の裏側にあるもの
我が家は朝、
戦いが続いております。
子どもは、登園準備ができると、
「行きたくない」としぶります。
なんで行きたくないのかな。
この思考を大切にしたいと思います。
イヤイヤ言いながら、
結局は保育園に着きます。
保育士さんに朝の様子をお伝えすると、
よく来れたね、えらいねー。
…なるほど。
そうなのですね。
こどもはわたしの感知すること以上に、
何かを訴えたいけどうまく言えない。
何もないけど、いやだった。
さまざまな思いが心にあって
それが言葉になると、
「行きたくない」
そうなんだね。
胸にフッと入り込んでくる風を感じました。
親であるわたしは、
日々子どもたちによって、
鍛えられ、成長させられています。
子どもの言葉の真意は、
とても深くて、
とても純粋で、
すぐに過ぎ去ってしまうもののように思います。
だからこそ、
保護者であるわたしは、
子どもたちのイヤイヤも
そうきたか。と思いつつ、
一緒に悩んでいくことが大事である、
と痛切に感じます。
3 今しかない、イヤイヤさん。
いつか、大人になってしまう、
子どもたちへ。
こんなことがあったんだよ。
といつか伝えられるよう、
今しかないイヤイヤと、
否定はしないけれど
線引きはして、
子どもたちとパートナーと、
一緒に悩んで、
歩いて行きたいですね。
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