大丈夫と唱える前に
メンタル強化のための過ごし方
想像力を強化していくことで、日々との向き合い方に変化が生まれます。物事の次の一手、他人の言葉の背景、日々想像力を鍛えるカケラはそこかしこに溢れています。
1 嫌なことは「やり終わった後」を想像する。
嫌なことほど全然終わらない。むしろ時間が長く感じて、じりじりと追い詰められている気もする。そんなとき、どんな気持ちで波を越すか。
まずは、やり終わったらこれをやる。と決めます。トイレに行く、水を飲む、お菓子を見る(食べると止まらないため)、図書館の新刊を検索する…ちょっとした気分転換になるものを探しておきます。
そうすることで、目の前のやらなければいけないことの、次を考えて動くことができるようになります。気持ちの面でも、一つの区切りとして受け止めて流していくことができるはず。
本当にやりたくないことは、やらなくていいと思います。けれどそんなことも言っていられない。
だからこその、「一歩先」を想像しましょう。
2 本を読む=想像力が強くなる?
読書は、いいものです。
時間はかかるけれど、その分、得るものが大きい。「文字を読める」という才能を生かさないことは、とてももったいないことです。
読書は、知識と擬似経験をつれてきます。
そして、体験できないからこその、想像を私たちにもたらします。
ゲームもそのような機能があります。
わたしは、読書もゲームもします。
どちらも得るものがあります。
けれどあえて進めるなら読書を。
なぜなら、絵のないからこその無限の想像力を読書は与えてくれるからです。
映画を例に挙げます。
原作を読んでいた作品が映画化する。
原作が好きだったから、観てみる。
そこで原作との齟齬を感じ、不完全燃焼で終わってしまう。
これこそ、想像力のたまものと言えるのです。
自分の中の言葉一つ一つが呼吸して、話しかけてくるように感じた読書体験は、もうその人1人のものであり、映画というまた別の作品を通してそれを感じることは不可能に近い。
違和感を持てることほど、想像力が使われた証となります。
ゲームも同じです。
ストーリーやキャラクターに思い入れがある、ということは、そのバックヤードを個々が想像して楽しんでいるのです。
だから、課金という制度も有効的だし、ゲームが続いて欲しいから課金する、という心情も理解できます。
想像する力を鍛えるためには、娯楽として並べられる読者やゲームが有効であることは明白です。
3 想像力は人をつなげる
想像力は他者との関係性を築くことにもとても大切な役割を持っています。
他者が何を考え、どうしてそのような行動を取るか。
なぜ自分のことを蔑ろにするのか。
なぜこの人の言うことは素直に聞けるのに、あの人はダメなのか。
そこには、想像力という名の「思いやり」が息づいています。
他者が自分を蔑ろにするのは、他者が蔑ろにされた人の気持ちを想像していないから。
素直に言葉を受け入れることができる人は、自分のことを思って、想像して言葉を選んでくれ、そうでない人は想像なんてしない、事務的な言葉だから。
些細なことで気になることに、全て「思いやり」が関わっているように考えられます。
「思いやり」は一朝一夕では身につきません。
だからこそ、その人の素質となります。
今からでも想像力を鍛え、「思いやり」を持てる人になりましょう。
そうすれば日々のイライラが減少し、想像することで他者と比べることをやめ、自分というものが確固たるものとなっていきます。
4 「想像」は「創造」
思い描き、それを言葉にし、行動することで、人はどんどん変わります。
変わった先には、自分が創り上げた何かが待っています。
想像から創造へ。
変化を恐れるのではなく、変化こそ、自分である。そのことを心に留めて、日々を生きていきたいものですね。