カテゴリー: 子育て

  • 30代、育児と仕事のメンタルバランス

    こんにちは。

    年子を育てる30代です。

    仕事をしながらの子育て。一昔前なら当たり前ですが、いかんせん体力と精神力が削られる日々。子どもたちと向き合うにも、自分の余裕がないと、如何にもこうにもうまくいかない。

    そんな時のマインドをどのようにコントロールするか。施策を練りました。

    1 優先順位は「わたし」<「子ども」?

    子育てしながら思うのは、いつでも「子ども」優先の自分がいること。これはもちろん大事。

    だけれど、子どもを守る体力、大切にする精神力は、自分の中から生み出されるもの。親のわたしが元気がなければ、子どもたちも元気になんかなれないものです。

    こうした考えは、わたしたちの親世代にはあまり共感を得られないものです。「親だから当たり前」が横行し、今でいう「産後鬱」、「育児ノイローゼ」が跋扈していたのも頷けます。

    「親になる」って、とても難しい。

    これは男女問わず、いきなり与えられる難題であり、即決できない重みを持っています。

    だけど、目の前には「子ども」。

    誰しもが手探りの中、我が子と向き合い、少しずつ親になってきたのでしょう。

    子どもが複数であれば、親としての経験値が高い?それは違います。2人目の子どもにとって、親であるわたしたちはお互い「はじめまして」。同じことなど起きません。

    だからこそ、余裕を持って、接したい。

    はじめましての気持ちを持ち、心身ともに余裕を持って、子どもと正対することで、お互いに成長していくことができるように思います。

    優先順位は子ども、だけど、

    優先度はわたし。

    それがわたしのスタイルです。

    2 ルールづくりのすすめ。

    「わたし」優先だからこそ、子どもたちへの視線が変わります。また、「わたし」優先は「子ども」優先と手を繋ぐこともできます。

    まずは、「わたし」の心身の状態を把握すること。自分1人では理解できない部分が多いので、客観的な判断のできる友人やパートナーに聞いてみるといいかもしれません。

    もしくは、書き出してみる。

    しんどいこと、楽しいこと、やりたいこと、やりたくないこと。

    育児と仕事に挟まれ、てんてこ舞いの毎日の中に、少し時間を作って書き出してみてください。書き出すことで、落ち着く部分もあるはずです。

    その後は、自分の中で、譲れない線を引きます。子どもたちと、わたし。

    ここは子ども優先、だけど、ここはわたし。

    そんな感じで少しずつ「わたし」の整備を行い、純度の高い優先度を作り上げましょう。

    3 行き詰まったら立ち止まる勇気を。

    自分を客観視する時、または仕事に忙殺される時、子どもが泣き出して止まらない時。どんな時にもイライラしたり、投げ出したくなる時がやってきます。

    そんなときこそ、成長の時。

    物事とわたしを、一旦切り離し、物理的に距離を置きましょう。

    焦らなくて大丈夫。

    イライラして当然、いまは焦らない。

    水を飲むのもおすすめです。

    疲れた自分がいるから、イライラしてます。

    あとちょっと、頑張れるかな?と

    わたしに問いかけてみてください。

    無理なら、少し休憩を。

    子どもたちは泣いていても、わたしたち大人の気配を察知して、確認して泣いています。

    少しくらい、泣いていても大丈夫。

    仕事も、少しくらい息抜きしても大丈夫。

    大事なのは、わたしのメンタル。体力。

    しっかりとは充電できないけれど、

    すこしのタイムブレイクで、心を落ち着かせ、後少し、あと少し、やってみましょう。

    4 自分も子どもたちも楽しめる生活を。

    余裕なんて、無理。

    そんな時が多い日々です。

    それも致し方ないことなのです。

    その中でイライラが少しでも小さくなる様に、楽しいことが増えていく様に、毎日の小さな変化を大切にしていきましょう。

  • 育児や仕事に追われて自分を追い詰める前にやりたいこと。

    こんにちは。

    年子を育てる30代です。

    2人の子どもがいると、何かとイライラしがちになります。上の子のイヤイヤ、下の子の理由無き号泣、パートナーの意味不明な行動…

    これらはきっと、本人たちには意味があるのです。が、そこまで想像力を使って生きていくには、毎日がしんど過ぎます。

    そんな時、どんな対処をしていくのが良いのでしょう?わたしの基準は、自分にとってプラスとなるか。自分の指針を持っておくと、ブレが少なくなります。

    1 「イヤイヤ」も「号泣」も、どんな行動も意味がある。

    心に余裕があれば、子どもたちやパートナーの言葉や行動の背景を想像して、「そっかー」となることができます。つまり、イラッとするときは、わたしが疲れてるんです。

    疲れて当たり前です。

    いいんです、イラッとして。

    わたしはわたしにそう伝えます。

    だって、わたしも人間です。

    やらなきゃいけないことがあるのに、「イヤイヤ」。

    オムツも替えて、おもちゃもお歌も、抱っこもしても「大号泣」。

    疲れてるのに、いまそれかよっていうパートナーの言葉や行動。

    もやもや、イライラが増産されます。

    そんなときは余裕が削られています。

    ということは、余裕があれば、心を砕ける時もあるはず。

    と思い込み、余裕を持つために、対象から距離を置いて、「そうなんだねー」と感情を捨てます。

    疲れてるときは、休みましょう。

    イヤなら、イヤでいいですよ。

    泣きたい時もありますよね。

    意味わからないけど、今あなたはそれがしたいのね。

    そんな心持ちを作り上げていきましょう。

    2 心の余裕はどう作るか?

    余裕を持つのって、精神的にも物理的にも大切です。お金も気になるし、時間も気になる。

    世の中気になることばかりで、とても余裕なんて生まれない。

    …そんなことも、ないのです。

    要は、気持ちの方向性なのです。

    「なんなんだ、こいつ。」と思ったら、

    自分に余裕がないと認識しましょう。

    そしたら、勝ちです。

    「余裕がないから、イラッとするんだよね。」

    と、対象に伝えてもいいかと思います。

    第一に、余裕がない自分を自覚。

    その後、やることやって息抜きをしましょう。

    わたしの場合、途中で投げ出してからまた戻るのは嫌です。嫌なことははじめに片付けてしまいましょう。

    3 忙しさに自分を忘れてしまうあなたへ。

    日々、育児や家事、仕事に明け暮れているからこそ、自分を蔑ろにしてしまいがちです。

    そんなときこそ、疲れたことを自覚して、自分を労ることが必要です。

    労ることで、物事を多角的に見る力が再生され、無駄にイライラすることが減っていきます。

    本来の自分が蘇る、とも言えます。

    大丈夫、手を抜くのではありません。

    一度自分を見返し、効率よく物事に対処していく力を再生させるための時間です。

    どこに何を投資するか、どこに時間を割くかはあなたのこころ次第。

    まずは、思い切ってやってみることを、お勧めします。

  • イヤイヤ期と思わず、親としての成長期だと思うこと

    忙しいから、楽しい育児を。

    こんにちは。

    年子を育てる30代です。

    毎日が矢のように過ぎていきますが、その中でわたしが子どもたちから教えられた、「待つ」ことの意義をご紹介します。

    子どもは親を育ててくれます。楽しいこともそうでないことも、一緒にいるからこそ、わかる気持ちがあります。

    育児に忙殺されている時は気付けませんが、少し自分と距離を置くことで見えてくるものがあります。

    1 「待つ」力

    子どもには「イヤイヤ期」という名のつく時期があります。うちの子どもの場合は、「ダメ」でした。お風呂も「ダメ」、着替えるのも「ダメ」、おむつ替えも「ダメ」。この「ダメ」攻撃に一時期はイライラさせられましたが、子どもなりにルールがあり、伝えたくとも伝わらないもどかしさも相まって、「ダメ」になるのですよね。

    うちは、まず「待つ」。

    イラっとしても、言葉で示して、待つ。

    はじめはとても時間がかかりましたが、今は「次これやったら、~するよ。待ってるからね。」の声かけの後、トコトコ行動してくれます。

    約1ヶ月の押し問答期間もあり、どうなることかと不安でしたが、子どももきちんとわかってくれることが親もわかって一安心。

    言葉は拙いけれど、子どもも1人の人間。そのことをしっかりとわたしたちに刻み込んでくる1ヶ月だったように思います。

    子どもにも個体差があり、何も言っても、待つのもダメ。そんなとこもあると思います。

    育児は日々更新されていきます。

    そのことを親のわたしたちが認識して、子どもの発信する「イヤ」とどれだけ向き合い、時には流して、やるべきことを取り上げられるか。

    今しかない「イヤ」を試行錯誤の中で迎えていくのも面白いものです。

    2 一緒にいられる時間

    どんなことも終わりがあることを考えると、自然と心の向き方が変わります。

    オムツを替えるのは、あと何回だろう?

    着替えを手伝えるのはいつまでだろう?

    一緒に絵本を読んでくれるのは、いつまでだろう?

    子育ては、いつか終わります。

    だから。

    だからこそ、一緒にいられる時間を、イラっとしても、ふとした時に、思い出したいですね。

    「あんなことも、あったよね」

    そんなふうに思える日が遠からず近づいています。それを考えると寂しくなります。

    だからこそ、いまを、大切にしたいですね。

    3 しんどいあなたへ

    育児と仕事に、やることは終わりが見えなくて、けれど誰も手伝ってくれなくて、どうしようもない時、ありますよね。助けてほしいとすら、思わず、「早く終わって」としか思えない時期もあるはずです。

    そんな時もあっていいと思います。

    イラっとしてもいいと思います。

    忘れないでほしいのは、その疲れた表情を、子どもが見ているということ。

    子どもたちは、本当によく見て聞いて、学んでいます。

    わたしたち大人のすること全て、アンテナを張っているかのように。

    純粋に、全てを吸い込みます。

    だから、親である「わたし」へ。

    まずは、「わたし」の機嫌をとりましょう。

    その一歩で、忙しさやしんどさの色が変化します。

    完璧なものはないからこそ、

    オリジナルを目指して

    日々を楽しく過ごしていける。

    そんな大人になりたいと、

    切に思います。

  • 活字中毒の人へ 絵本のすすめ

    こんにちは。

    年子を育てる30代です。

    よく子どもと絵本を読みます。もともと活字中毒並みに本は好きですが、絵本は苦手。読み聞かせなど、とても無理。子どもの方が上手に読みます。絵本が好きな子どもたちは、休日に図書館を切望し、わたしもトコトコついていきます。そこで出会う絵本たち。絵本が苦手なわたしが気づいた、絵本の力をご紹介します。

    1 絵本は誰のためのもの?

    絵本から、読書が始まる。

    わたしはどこかでこれを聞いた記憶があります。

    小学生の頃、先生に好きな本は?と聞かれた時、絵本の題名を挙げました。

    暗唱するくらい、好きという言葉では足りないくらい、大切な絵本でした。

    けれど、先生は「それは絵本。絵本は子どもの本。聞いているのは、本だよ」と笑顔で遮られました。

    「?」わたしはまだ、よくわかっていないこともあり、曖昧に頷いていたように思います。

    今思うと、そんなことないですよね。

    時代は変わり、大人と子どもの線引きはとても難しくなっています。

    絵本は、誰のものでもない、その人の心に映る風景のようなものなのだと思うのです。

    思い出のかけら、とも言えそうです。

    絵本は、知識はもちろん、情緒や論理を伝えてくれます。

    絵を通して、その先にある風景を想像させる力を与えてくれます。

    だから、絵本は、止まらず、誰にでも門戸を開くのでしょう。

    2 「こども向け」っていつまで?

    子どもたちの絵本を読んでいると、「~才向け」の文字をよく目にします。

    初めての子育てのとき、この指標は助かりました。

    しかし、2歳の子どもは5歳向けの本も、0歳向けの本も、全て読みます。

    成長と共に、記憶の扉はどんどん大きくなり、絵本もどんどんそこに収納されている。と思っていたら、どんどん収納して、また出して、また閉まって。その繰り返しが成長なんだと気がつきました。

    「大人」の括りに入るわたしたちは、その収納を大きくするだけ大きくして、しまうだけしまって、取り出すことを忘れがちです。

    子どもたちや絵本は、本当に気づきを与えてくれる魔法を使うのですよね。

    3 こどもがいなくても、絵本をどうぞ。

    絵本は、誰にでも心を開いてくれます。

    あなたが、少しでも休みたいとき。

    少しでも、現実から距離を置きたいとき。

    悲しくて悲しくて、どうしようもないとき。

    嬉しくて、飛び跳ねてしまいたいとき。

    どんな時でも、何歳になっていても、

    絵本は、待っていてくれます。

    活字から少し離れながら

    絵本の世界を旅することも、悪くないと思います。

  • 登園しぶり 2歳児との闘いの日々

    こんにちは。

    パートナーと2人の子どもたちと、毎日少しずつ怒って泣いて、笑って成長しながら過ごしています。

    今回は、「登園しぶり」について。

    上の子は2歳。

    意志がはっきりしており、

    嫌なことは絶対イヤ。

    保育園も、「まだ行かない」。

    お外に出てしまえば、

    と思いつつ、毎日試行錯誤です。

    1 「行きたくない」なら「行かなくていいよ」?

    朝、ドタバタしながら

    なんとか保育園の時間までに準備完了。

    けれど上の子は「行かない」。

    …そうきたか。

    ここから、戦いのゴング、

    もとい、子どもとの知恵比べが始まります。

    もともと、

    お外も保育園も、すき。

    けれど、なにか引っかかることが、

    子どもの中にある様子。

    宥めすかして、

    選択させて、

    どうにかこうにか、

    毎日登園しています。

    登園しぶりが始まった時、

    「何かイヤなことがあるのかな」

    「体調悪いのかな」

    様々な気持ちが心をよぎりました。

    たまには休ませてもいいかな、

    と思う時も。

    親であるわたしの心の揺れを察知したのか、

    上の子は頑なになるばかり。

    何が正解なのか、

    わからなくて、

    同調したり、共感したりしながら、

    やっとこさ、連れていく。

    こんな毎日でした。

    仕事の始業が迫る中の朝の攻防。

    子どもも、子どもなりに

    まだ、行きたくないと主張します。

    どうすべきか。

    強行突破になった日もあったし、

    こちらが根負けして

    行かない日もありました。

    何が正解だったのか。

    いまのわたしが子どもに伝えられるのは、

    「行きたくないのはわかったよ。

    けど、わたしも仕事があるから、

    保育園に行くよ」

    これにつきます。

    2歳でも、人間。

    イヤイヤ言ってます。

    けど、わたしも仕事があります。

    わたしも、イヤイヤ言いたいですよ!

    だけど、頑張ります。

    だから、あなたもイヤだけど、

    保育園行きましょう。

    行かなくてもいいかなって

    思う日もありました。

    けど、それは誤学習につながります。

    たまには行かなくていい日もあると思います。

    メリハリをつけて、

    まずは大人(子供より年上なだけだけど)が、

    きっぱりと、

    「わかったけど、行くよ」

    このスタンスでいきましょう。

    2 「行きたくない」の裏側にあるもの

    我が家は朝、

    戦いが続いております。

    子どもは、登園準備ができると、

    「行きたくない」としぶります。

    なんで行きたくないのかな。

    この思考を大切にしたいと思います。

    イヤイヤ言いながら、

    結局は保育園に着きます。

    保育士さんに朝の様子をお伝えすると、

    よく来れたね、えらいねー。

    …なるほど。

    そうなのですね。

    こどもはわたしの感知すること以上に、

    何かを訴えたいけどうまく言えない。

    何もないけど、いやだった。

    さまざまな思いが心にあって

    それが言葉になると、

    「行きたくない」

    そうなんだね。

    胸にフッと入り込んでくる風を感じました。

    親であるわたしは、

    日々子どもたちによって、

    鍛えられ、成長させられています。

    子どもの言葉の真意は、

    とても深くて、

    とても純粋で、

    すぐに過ぎ去ってしまうもののように思います。

    だからこそ、

    保護者であるわたしは、

    子どもたちのイヤイヤも

    そうきたか。と思いつつ、

    一緒に悩んでいくことが大事である、

    と痛切に感じます。

    3 今しかない、イヤイヤさん。

    いつか、大人になってしまう、

    子どもたちへ。

    こんなことがあったんだよ。

    といつか伝えられるよう、

    今しかないイヤイヤと、

    否定はしないけれど

    線引きはして、

    子どもたちとパートナーと、

    一緒に悩んで、

    歩いて行きたいですね。

  • 自分の時間を生み出すために〜育児と家事と仕事との兼ね合い

    こんにちは。

    年子を育てる30代です。

    育児雑務、名もない家事、仕事…

    こんな日常の中、自分時間の確保は理想論でしかない。

    そんな気持ちでいました。

    しかし、このままでは楽しくない!

    どうにかこうにかして、自分時間の獲得を決めました。

    自分の時間、わたしはこうやって作ります。

    ステップ1 やりたいことは何?

    スマートフォンでも紙でもいいので、やりたいことを書き出します。

    迷ったら、書いておく。

    書く時間もいつでもいいのです。

    子どもたちがお昼寝している時、おもちゃを1人で集中している時、など、ふとした時に浮かぶ「あれやりたいなあ」を書き留めておきます。

    「やりたかったなあ」という気持ちも、忘れずにメモ。

    それはきっと自分の中で優先度が高くない、もしくはやりきれなかったことかもしれません。再チャレンジの機会も、自分に与えてあげましょう。

    ステップ2 頭の中の整理と実行

    「やりたいこと」リストができたら、まずは優先度を確認。

    取捨選択し、優先度を並べ替えます。やりたい順に番号を振る形でいいのです!

    そして、今日やるか今週やるか、今月やるか。

    いつやり遂げておきたいか、ゴールを定めます。

    体力と時間の相談ですが、ここで心のスイッチが稼働する人は実行のみ!

    わたしは、まだまだエンジンがかからないので次の段階へ。

    ステップ3 時間の確保

    時間を作り出すのって、言うは易し、です。

    具体的にどこから削り出すか。

    わたしは、朝とお昼寝のとき、夜を選びました。

    子どもたちは朝早く、5:30には目覚めます。

    なので、わたしは5時に起きます。

    しんどいけど、起きます。

    30分、自分のやりたいことをして過ごします。

    そうすると、子どもたちが起きてきた時、なんとなく心に余裕が生まれています。

    昼寝の時は、近くに本を積んで読書一択。

    夜は細々したことをやるため、特に何も決めずに、自由時間に。

    このルーティンが確立されたいま、心なしか、育児も家事も仕事もなんとかなる、そんな気持ちが強まっています。

    最後に

    たくさんのことを一度に担っている方々、本当にお疲れ様です。

    どんな時も自分優先、なんてできるのはほんのわずかな時しかないと思います。

    だからこそ、たまには自分をみつめ、思考を緩め、心を抱きしめましょう。

    そのための、自分時間。

    おすすめです。

  • 忙しい時、だからこその日記推奨

    こんにちは。

    年子をそだてる30代です。

    育児と家事と仕事と…、さまざまなことに忙殺されがちな毎日ですが、日々楽しさを発見しています。

    わたしは1人目からパートナーとともに、育児日記をつけています。電子化も考えましたが、ノートに日々の子どもの様子を書きつられています。2人目となり、また育児日記をつけていて、あることに気がつきました。それは、2人の違いとそれに対するわたしの気持ちの変化の移ろい。これが、面白い。今回は育児日記をヒントに、日記のあり方を見直してみたいと思います。

    1 日記をつけるか、悩むならば。

    日記はつけたほうがいい。

    もちろん育児日記も。

    これ一択です。

    それはなぜか。

    過去の自分が未来の自分を

    可視化出来る方法の一つが、

    日記であるからです。

    悩むなら、始めてみる。

    途中で辞めてもいい。

    気持ちは軽く、

    ノートに日付を書いてみましょう。

    2 日記のメリットは?

    日記のメリットは

    自分を可視化できるから。

    育児日記を読み返すと、

    同じ時に同じことで

    迷っていたことがわかります。

    過去の自分のやり方を見返して、

    今の自分だったら…と

    リメイクしていく。

    日記は過去の自分から未来の自分への

    エールでもあります。

    3SNSでの日記はどう?

    ブログをやっているわたしから言うのも説得力がないですが、日記は断然紙(ノート)!

    確かにスマートフォン一つで、

    アプリを入れればいつでも

    日記が書けてしまう現代です。

    とても便利。

    だ、けれども。

    わたしは紙の保存性、

    即時開示可能、

    文字から読み取られる感情を

    ぜひ体験して欲しい。

    スマートフォンではなく、

    書くことで、

    いつでも見返せる。

    充電もいらない。

    不安に押しつぶされそうな文字を

    今なら大丈夫だよって

    応援したい気持ちになる。

    日記は、

    心を豊かにする力もあるのかもしれません。

    4日記もしくは書くことで培われる力は?

    日記から何を得るか。

    その効果は即時的なものもあり、長期的な見方をした方が良いものもあります。

    ⭐︎即時的なもの

    文章力の向上、自己内省、ストレス発散

    ⭐︎長期的なもの

    継続力、内省する力の育成、安心感

    これらはわたしが感じているものに

    過ぎません。

    日記から得られる効果は

    人によって精神安定にもつながるはずです。

    最後に

    やってみようという気持ちを

    大切にしましょう。

    やり始める前の検証も大切です。

    飛び込むことも面白さを秘めています。

    育児という変化を迎えて、

    日々格闘する中で、

    その変化を直に感じ取れる時間が

    日記には流れています。

  • 忙しいが口癖になる前に

    「忙しい」と言ってしまうことは

    「やらなくてもいいこと」である。

    「忙しいけどやりたい」ことは、

    本当に「必要なこと」である。

    育児と仕事を両立し、

    その中で自分の時間を捻り出すことは、

    何かを削っていることになる。

    削る=マイナス要素が多い。

    しかし、本来は、

    自分時間=心の余裕の表れ

    つまり、プラスの要素しかない。

    この自分時間が作り出せない時は、

    余裕がない時が多い。

    そして、

    余裕がない時は判断ミスが多い。

    判断ミスが多くて何もかも嫌になる。

    こんな悪循環に陥ることもしばしばある。

    この悪循環を断ち切るには、

    • やりたいことを真剣に考えてみる。
    • やってみる。

    この2択が有効である。

    これがなされない時、

    それはやらなくていいこと、

    必要性がないのである。

    20代を振り返ると、

    ただがむしゃらに仕事へ行き、

    休日は寝室からほとんど出ない。

    スマートフォンで手遊びをし、

    いつの間にか夕方。

    面倒だからご飯も適当。

    いつの間にか夜。

    こんな日々が多かった。

    もったいなかった、と思う。

    けれど、この時は、

    この行動が心を安定させるために、

    必要だったのだ。

    30代になり、

    仕事に育児も加わった今、

    変化が起きている。

    忙しいから、

    夜の時間の貴重さがわかる。

    自分が1人になれる時の、

    安心感の深さが違う。

    だから、

    やりたいことの優先順位をつけて

    その日の自分のペースに合わせて、

    スパンを長く見積もって、

    取り組むことに面白みを感じる。

    • 読書
    • ゲーム(10代から変わらない)
    • 美味しいものを検索
    • 子どもたちとの散歩

    この4つを主軸として、

    夜の自分時間がゆったりと回されていく。

    もちろん、

    本当に時間がない時もある。

    子供がなかなか寝つかなかったり、

    夜泣きがあったり。

    家事が追いつかず、

    いつの間にか寝る時間だったり。

    そんな日もある。

    それでいいと思う。

    忘れてはいけないのは、

    わたしもあなたも

    1人の人間であるということ。

    子どもがいるから、

    完璧にやる必要はない。

    仕事があるから、

    他を犠牲にする必要はない。

    1人の人間として、

    自分にここまでやれたら、

    合格だね。

    そういう心づもりでいることが肝要だ。

  • 30代で見つけた保育園事情

    30代半ばになり、

    2人の子どもたちとパートナーとともに、

    日々の成長を感じている。

    2人は0歳から保育園に通っている。

    0歳から保育園。

    賛否両論ある中で、

    わたしの家族は、

    保育園ありき、であると感じている。

    同じ年頃の友人たちは、

    パートナーとともに、

    育休をとったり、

    時短にしたりして、

    長く子どもといることを選択する人が多い。

    いまは男性も女性も、

    働き方改革の中で育児への時間がとれる。

    1歳になるまでは

    親元で育てる家庭も増えているだろう。

    わたしの姉妹や従兄弟も、

    1歳を超えてから保育園を考える人が多い。

    育児への制度利用は

    積極にしていくべきである。

    その活動がどんどん活性化していくことで

    家族という形に、

    どんどん厚みを持たせていく。

    一緒にいられるならば、

    可能な限り、母親も父親も、

    子供のそばにいてあげることは、

    マイナスにはならないはずだ。

    その中でなぜ、0歳から保育園か。

    理由は3つある。

    • 共働き
    • 初めての育児の不安払拭
    • 子どもが人と触れ合う時間の確保

    まず、1番の優先事項として、

    二親とも働いていたことが多い。

    極端な話だが、

    お金がなければ満足な育児もできない。

    現実問題として最たる理由である。

    次は、初めての育児を、

    二親でやるのではなく、

    他者の目を交えて、

    子どもとともに、

    親も成長するためである。

    育児は何が正解か、わからない。

    突発的な発熱はもちろん、

    季節の洋服や、

    成長段階に合わせたあそび、

    声がけや離乳食の段階。

    わからないことだらけであった。

    その中で保育園に通うことで、

    先生方からご助言やご教授をいただき、

    なんとかやってきた。

    親が子育ての不安を、

    抱え込まなくていいように、

    保育園が第二の居場所となっていった。

    最後は、子どもへの影響である。

    できるだけ、小さいうちは親元で。

    その考えに反するものであるかのようだが、

    実際は違うようで同じ種類のものであると

    感じている。

    親として朝と夜、

    大切にしていくきっかけとなる。

    昼間はたくさんの人から抱っこしてもらい、

    子どもが安心できる場所が増えていく。

    核家族化が進行していく現代で、

    子どもが安心できる大人が増える。

    保育園の中で、

    たくさんの愛情と関わりをもち、

    子どもは親とともに成長していく。

    保育園に通わせるか、

    悩んでいるあなたへ。

    たくさんの利点と欠点を比べて、

    右往左往している時間も、

    それはそれで無駄にはならない。

    しかし、

    現実問題をしっかり見つめてほしい。

    保育園の無償化も行われている、

    選び取ってほしい。

  • 付き添い入院と成長

    子どもが2人いる。

    まだ小さく、とても脆い存在であり、

    またとても大きな力で持って、

    わたしを成長させてくれる存在である。

    この2人のうち、

    下の子が生まれてから

    3回、入院している。

    その都度、わたしは付き添い入院をし、

    上の子はパートナーとともに、

    2人で急場を乗り切ってきた。

    付き添い入院から得たもの

    • 我が子の大切さ
    • 健康の素晴らしさ
    • 家族という関係の強さ

    我が子」という存在の希少性

    コロナ禍では付き添い入院ができず、

    ほぼ管理入院であったという。

    1回目の緊急入院は心が追いつかず

    いつのまにか時間が過ぎ、

    経過観察のための退院となった。

    2度目の検査入院は1週間という

    終わりの見える入院だった。

    上の子とパートナーと、

    退院する日を指折り数えていた。

    3度目の検査入院では

    医師からはまだ子どもが小さく、

    記憶にも残らないため、

    親の負担軽減のための管理入院を勧められた。

    期間も約1ヶ月、

    まずは付き添い入院後に

    管理入院に切り替える形を取ろうと

    医師と計画していた。

    管理入院は、つらかった。

    子どもはもちろん、

    親であるわたしが、耐えられなかった。

    管理入院は面会が可能で、昼間~夜まで、

    下の子と一緒に過ごし、

    時間になると家に帰って上の子と過ごす。

    言葉にしてみると

    そこまで無理のないように見える。

    だが、わたしの場合、

    そこが落とし穴だった。

    理論上、下の子の面談にも行ける、

    上の子と一緒にいられる時間もできる。

    しかし、

    夜の病院の知らない場所で

    周りの患者さんたちの泣く様子、

    機械の音、

    どれもこれも、

    下の子1人で耐え切ってほしいとは

    思えなかった。

    パートナーと相談し、

    また付き添い入院に戻してもらった。

    ほっとしたのと同時に、

    まずはわたしのやれることを、

    と気合が入った。

    下の子の入院していた病棟には

    様々な状況下の子どもたちがおり、

    それぞれが一生懸命に生きていた。

    もし、わたしが下の子と

    ずっと付き添い入院で過ごしていたら、

    聞けなかったであろう「声」も、

    多くあった。

    いま、この腕の中にある、

    小さな命たちとともに、

    懸命に生きたいと

    強く実感させられた。

    健康であること

    上の子は風邪こそ引くが、

    入院という規模の病には幸運にも罹らず、

    元気に過ごすことができている。

    これが、幸運である、

    ということに、下の子のおかげで

    気づくことができている。

    生きてここにあること、

    その重要性を、

    病棟で過ごした日々から

    切に感じる。

    奇跡の積み重ねの中に、

    わたしはこどもたちとともに、いる。

    「家族」のあり方

    入院に向けて、

    パートナーとは多くの話をした。

    上の子をいつもより

    多く抱きしめるようになった。

    下の子の呼吸音に、

    安堵する時間が増えた。

    様々な家族がある中で、

    この中にいられてよかった、

    と心から思う。

    これから、付き添い入院をするあなたへ。

    子どものことが心配なのはもちろんだ。

    けれど、まずは自分の体調状態を

    整えて臨むことが重要である。

    付き添いは、過酷である。

    簡易ベットがあったとしても、

    やはり満足な休息は得られない。

    わたしは自分の中でのルーティンを決め、

    それを達成できたかどうか、

    日記にして、

    子どもと話して確かめ合って、

    自分を鼓舞していた。

    子どもは、大人を見ている。

    大人が元気にしっかりとみつめれば、

    子どもも環境が変わっても、

    適応しようと努力してくれる。

    大丈夫、いつか終わりはやってくる。

    それまでの嵐をどう乗りこなすか、

    楽しめるよう、準備をしていこう。