投稿者: kinakomochi03111207

  • 言葉に縛られない生き方を。30代の「大丈夫」論

    大丈夫という言葉の落とし穴

    こんにちは。

    年子を育てる30代です。

    日々の忙しさの中で、自分自身に暗示をかけるように『大丈夫』と唱えている時があります。

    実際、言葉にすることによって前向きになり、物事への視点が少し長くなります。

    プラスの言葉、『大丈夫』。

    果たして、どんな効果を秘めた言葉なのでしょうか?

    1 『大丈夫』は『大丈夫じゃない』?

    「大丈夫」はもともと、大人の男性を示す言葉として、漢文で使われていました。

    どういった流れで現代の使われ方になったのかは、今回割愛します。

    「大丈夫」と問われる時、もしくは自分に言い聞かせる時、大抵、「大丈夫」ではありません。

    「大丈夫」と言わないとやっていけないような心理状況を指す、とも言えます。

    また具合の悪い人に向かって「大丈夫?」は、優しいようでとても辛辣でもあります。

    大丈夫じゃない、と言えたらどんなに楽か。

    そんなことを思いながら、「大丈夫です」と答えていた、若かりし自分をふと思い出します。

    「大丈夫」という言葉、とても危険です。

    もし自分の中で、この言葉が浮かんできたら、休みましょう。人間関係であれば距離を置きましょう。提出物であれば、再度見直しを。

    自信過剰とか、そういった問題ではないのです。

    心のSOSを、自分で見つけることができるか。

    そこがポイントです。

    2 休むことは『悪』ではない!

    心の不調に気づけたら、その後の対応が肝心です。20代のわたしは間違えた対応をしたために、うまく気持ちの切り替えが起こっていませんでした。

    自分のデスクについたら、頭痛がする。

    ねむけもあって、だるい。

    きっと気持ちの問題だな。

    頭痛薬飲もう。

    胃腸薬も。

    こんな悪循環を自分で作り上げて、ふらふらになりながらの業務が半年ほど続き、その後激しい胃痛が慢性化しました。

    今でこそ改善しましたが、あの時、仕事を休む勇気があれば、もっと早く回復したのに、と悔やむことが多くあります。

    若いから、気持ち次第でどうにかなる。

    そんな気持ちこそ、安易の賜物でした。

    30代を迎え、仕事と自分の体の駆け引きにようやく慣れた今だから思うこと。

    休むことは、悪いことでない。

    職場の人に迷惑をかけてしまう。

    関わっている人に不安を与えてしまう。

    だから、休めない。

    そうじゃなかったんですよね。

    体調が悪いから、

    早く治してまたすぐ戻ります!

    という気持ちになれなかった自分は、

    とても幼く、周りを見てなかったと思います。

    休むのには勇気が入ります。

    続けていたことを一旦やめるには踏ん切りが必要です。

    けれど、やめてもまた始めればいいし、少し休むことで効率も上がります。

    今の若い世代の人は効率よく休めているのかわかりません。一つ言えるのは、自分の心と体に正直であったほうが、後々得である。

    これにつきます。

    3 安心・安全の「大丈夫」を。

    嫌なことが重なったり、体調がうまくコントロールできないと、不完全燃焼としてモヤモヤが残ります。とても「大丈夫」なんて言えません。むしろ、「大丈夫」って言わなくていいんです。

    「今日はもう無理なのでやめときます!」

    これが最適解です。

    次の日また「大丈夫」であれる自分をイメージして、休みましょう。

    「大丈夫」は魔法の言葉。

    プラスにもマイナスにも転じる言葉。

    うまく使いながら、自分の心身を成長させていきたいですよね!

  • 30代の想像力強化

    大丈夫と唱える前に

    メンタル強化のための過ごし方

    想像力を強化していくことで、日々との向き合い方に変化が生まれます。物事の次の一手、他人の言葉の背景、日々想像力を鍛えるカケラはそこかしこに溢れています。

    1 嫌なことは「やり終わった後」を想像する。

    嫌なことほど全然終わらない。むしろ時間が長く感じて、じりじりと追い詰められている気もする。そんなとき、どんな気持ちで波を越すか。

    まずは、やり終わったらこれをやる。と決めます。トイレに行く、水を飲む、お菓子を見る(食べると止まらないため)、図書館の新刊を検索する…ちょっとした気分転換になるものを探しておきます。

    そうすることで、目の前のやらなければいけないことの、次を考えて動くことができるようになります。気持ちの面でも、一つの区切りとして受け止めて流していくことができるはず。

    本当にやりたくないことは、やらなくていいと思います。けれどそんなことも言っていられない。

    だからこその、「一歩先」を想像しましょう。

    2 本を読む=想像力が強くなる?

    読書は、いいものです。

    時間はかかるけれど、その分、得るものが大きい。「文字を読める」という才能を生かさないことは、とてももったいないことです。

    読書は、知識と擬似経験をつれてきます。

    そして、体験できないからこその、想像を私たちにもたらします。

    ゲームもそのような機能があります。

    わたしは、読書もゲームもします。

    どちらも得るものがあります。

    けれどあえて進めるなら読書を。

    なぜなら、絵のないからこその無限の想像力を読書は与えてくれるからです。

    映画を例に挙げます。

    原作を読んでいた作品が映画化する。

    原作が好きだったから、観てみる。

    そこで原作との齟齬を感じ、不完全燃焼で終わってしまう。

    これこそ、想像力のたまものと言えるのです。

    自分の中の言葉一つ一つが呼吸して、話しかけてくるように感じた読書体験は、もうその人1人のものであり、映画というまた別の作品を通してそれを感じることは不可能に近い。

    違和感を持てることほど、想像力が使われた証となります。

    ゲームも同じです。

    ストーリーやキャラクターに思い入れがある、ということは、そのバックヤードを個々が想像して楽しんでいるのです。

    だから、課金という制度も有効的だし、ゲームが続いて欲しいから課金する、という心情も理解できます。

    想像する力を鍛えるためには、娯楽として並べられる読者やゲームが有効であることは明白です。

    3 想像力は人をつなげる

    想像力は他者との関係性を築くことにもとても大切な役割を持っています。

    他者が何を考え、どうしてそのような行動を取るか。

    なぜ自分のことを蔑ろにするのか。

    なぜこの人の言うことは素直に聞けるのに、あの人はダメなのか。

    そこには、想像力という名の「思いやり」が息づいています。

    他者が自分を蔑ろにするのは、他者が蔑ろにされた人の気持ちを想像していないから。

    素直に言葉を受け入れることができる人は、自分のことを思って、想像して言葉を選んでくれ、そうでない人は想像なんてしない、事務的な言葉だから。

    些細なことで気になることに、全て「思いやり」が関わっているように考えられます。

    「思いやり」は一朝一夕では身につきません。

    だからこそ、その人の素質となります。

    今からでも想像力を鍛え、「思いやり」を持てる人になりましょう。

    そうすれば日々のイライラが減少し、想像することで他者と比べることをやめ、自分というものが確固たるものとなっていきます。

    4 「想像」は「創造」

    思い描き、それを言葉にし、行動することで、人はどんどん変わります。

    変わった先には、自分が創り上げた何かが待っています。

    想像から創造へ。

    変化を恐れるのではなく、変化こそ、自分である。そのことを心に留めて、日々を生きていきたいものですね。

  • 疲れた時こそ、「自律」の意識を。

    自分を律すること

    こんにちは。

    年子を育てる30代です。

    日々が矢のように過ぎていくと、いつのまにか取り残されている自分を見つけます。忙しさにかまけて、自分の気持ちを蔑ろにしていると後でツケが回ってきます。決めたことはやり遂げたいのに、どうしても長続きしない。だけど、そんな自分が許せなくてストレスになる。うまく自分を制御できない時が多くあります。今回は自分を大切にしつつ、自分を律するとは何か、何が得られるのかを思考します。

    1 「律する」とは?

    「自立」と「自律」。漢字が違うのだから、意味も変わります。「自らを律していく」とはどういうことなのでしょう?

    ポイントは、自分が自分に満足できるかどうかにあります。

    自分を律することは容易くありません。

    ダイエットに例えると、2日目くらいに猛烈にお腹が空いてきた時に似ています。

    お腹が空いたらどうするか?

    我慢できるか、食を満たすか。

    気持ちが自律に動けば、我慢。

    気持ちに正直であれば、食欲。

    どちらも間違いではありません。

    ここで気をつけないといけないのが、我慢できないことが悪ではないこと。

    怠慢ではないことです。

    我慢せず食べることにも利点があります。食べることで食欲が満たされ、効率が上がる人もいるはず。食べることで「現実の自分」を見ることにも繋がります。

    逆に我慢したことによって、得られるものは「理想に近づく自分」です。

    食べないことでストレスとなる場合もあります。お腹がなって恥ずかしいタイミングもあります。けど未来の自分のために、我慢。

    それも一つの自分の在り方であり、「自律」していることにもつながります。

    選択のたびに、わたしたちは現実と未来を行き来しているのです。

    2 息抜きできる「自律」を。

    ここでは「自律」を推します。

    わたしは自分に枷を作って、日常をいかにコントロールできるか、楽しんでいます。

    なぜ楽しいのか。

    枷をうまく扱い、制限の中でいかに効率よく面白く日々をこなせるか。毎日がゲームのような感覚です。そこに結果、例えば減量があるだけなのです。

    過程が楽しい。

    きっと、「結果は自ずとついてくる。」

    こんな言葉を思い出します。

    ゼロか百か。

    毎回100%で臨みたいですが、燃費の悪い体なので、工夫が必要。

    精神的な工夫は、まず「楽しい」気持ちがあるかどうか。「苦しく」なったら休戦します。

    ちょっと休んでまたやる。

    その繰り返しによって、気持ちも強化され、「できる」という自信につながっていきます。

    お腹は空くけど、明後日お菓子を食べるから、今は我慢しよう!

    こんな気持ちで「自律」を毎日育てています。

    3 「自分ルール」を他人に評価してもらう?

    わたしはとてもストイックと言われます。

    やることなすこと、上へ上へ。やれるだけやりたい。理想は高くありたい。

    そんな気持ちをどこかに忍ばせて、日々目の前に物事や人々と対峙しています。

    「無理はしない。無茶をする」

    楽しいからこそ、やる。

    沸々とやる気が湧き出るときは、自分の欲を制御しながら、楽しくタスクをこなす時。

    完璧ではないけれど、自分の中のルールは絶対。

    気をつけないといけないのは、このルールを他人に適応しないこと。

    あなたはわたしでないことを、忘れずに他者と向き合うことで、自分のルールがさらに色鮮やかに刷新されていきます。

    自分のルールは、他人に強制しない。

    4 「なんとかなる」は「なんとかする」

    「なんとかなる」という気持ちはこれまでの経験則に基づいた、直感です。

    これまでなんとかしてきたことがある。

    だから、大丈夫。

    なんとかします。

    この域に達することが、ひとつの自律の成長とも言えるのかもしれません。

  • 30代、育児と仕事のメンタルバランス

    こんにちは。

    年子を育てる30代です。

    仕事をしながらの子育て。一昔前なら当たり前ですが、いかんせん体力と精神力が削られる日々。子どもたちと向き合うにも、自分の余裕がないと、如何にもこうにもうまくいかない。

    そんな時のマインドをどのようにコントロールするか。施策を練りました。

    1 優先順位は「わたし」<「子ども」?

    子育てしながら思うのは、いつでも「子ども」優先の自分がいること。これはもちろん大事。

    だけれど、子どもを守る体力、大切にする精神力は、自分の中から生み出されるもの。親のわたしが元気がなければ、子どもたちも元気になんかなれないものです。

    こうした考えは、わたしたちの親世代にはあまり共感を得られないものです。「親だから当たり前」が横行し、今でいう「産後鬱」、「育児ノイローゼ」が跋扈していたのも頷けます。

    「親になる」って、とても難しい。

    これは男女問わず、いきなり与えられる難題であり、即決できない重みを持っています。

    だけど、目の前には「子ども」。

    誰しもが手探りの中、我が子と向き合い、少しずつ親になってきたのでしょう。

    子どもが複数であれば、親としての経験値が高い?それは違います。2人目の子どもにとって、親であるわたしたちはお互い「はじめまして」。同じことなど起きません。

    だからこそ、余裕を持って、接したい。

    はじめましての気持ちを持ち、心身ともに余裕を持って、子どもと正対することで、お互いに成長していくことができるように思います。

    優先順位は子ども、だけど、

    優先度はわたし。

    それがわたしのスタイルです。

    2 ルールづくりのすすめ。

    「わたし」優先だからこそ、子どもたちへの視線が変わります。また、「わたし」優先は「子ども」優先と手を繋ぐこともできます。

    まずは、「わたし」の心身の状態を把握すること。自分1人では理解できない部分が多いので、客観的な判断のできる友人やパートナーに聞いてみるといいかもしれません。

    もしくは、書き出してみる。

    しんどいこと、楽しいこと、やりたいこと、やりたくないこと。

    育児と仕事に挟まれ、てんてこ舞いの毎日の中に、少し時間を作って書き出してみてください。書き出すことで、落ち着く部分もあるはずです。

    その後は、自分の中で、譲れない線を引きます。子どもたちと、わたし。

    ここは子ども優先、だけど、ここはわたし。

    そんな感じで少しずつ「わたし」の整備を行い、純度の高い優先度を作り上げましょう。

    3 行き詰まったら立ち止まる勇気を。

    自分を客観視する時、または仕事に忙殺される時、子どもが泣き出して止まらない時。どんな時にもイライラしたり、投げ出したくなる時がやってきます。

    そんなときこそ、成長の時。

    物事とわたしを、一旦切り離し、物理的に距離を置きましょう。

    焦らなくて大丈夫。

    イライラして当然、いまは焦らない。

    水を飲むのもおすすめです。

    疲れた自分がいるから、イライラしてます。

    あとちょっと、頑張れるかな?と

    わたしに問いかけてみてください。

    無理なら、少し休憩を。

    子どもたちは泣いていても、わたしたち大人の気配を察知して、確認して泣いています。

    少しくらい、泣いていても大丈夫。

    仕事も、少しくらい息抜きしても大丈夫。

    大事なのは、わたしのメンタル。体力。

    しっかりとは充電できないけれど、

    すこしのタイムブレイクで、心を落ち着かせ、後少し、あと少し、やってみましょう。

    4 自分も子どもたちも楽しめる生活を。

    余裕なんて、無理。

    そんな時が多い日々です。

    それも致し方ないことなのです。

    その中でイライラが少しでも小さくなる様に、楽しいことが増えていく様に、毎日の小さな変化を大切にしていきましょう。

  • 育児や仕事に追われて自分を追い詰める前にやりたいこと。

    こんにちは。

    年子を育てる30代です。

    2人の子どもがいると、何かとイライラしがちになります。上の子のイヤイヤ、下の子の理由無き号泣、パートナーの意味不明な行動…

    これらはきっと、本人たちには意味があるのです。が、そこまで想像力を使って生きていくには、毎日がしんど過ぎます。

    そんな時、どんな対処をしていくのが良いのでしょう?わたしの基準は、自分にとってプラスとなるか。自分の指針を持っておくと、ブレが少なくなります。

    1 「イヤイヤ」も「号泣」も、どんな行動も意味がある。

    心に余裕があれば、子どもたちやパートナーの言葉や行動の背景を想像して、「そっかー」となることができます。つまり、イラッとするときは、わたしが疲れてるんです。

    疲れて当たり前です。

    いいんです、イラッとして。

    わたしはわたしにそう伝えます。

    だって、わたしも人間です。

    やらなきゃいけないことがあるのに、「イヤイヤ」。

    オムツも替えて、おもちゃもお歌も、抱っこもしても「大号泣」。

    疲れてるのに、いまそれかよっていうパートナーの言葉や行動。

    もやもや、イライラが増産されます。

    そんなときは余裕が削られています。

    ということは、余裕があれば、心を砕ける時もあるはず。

    と思い込み、余裕を持つために、対象から距離を置いて、「そうなんだねー」と感情を捨てます。

    疲れてるときは、休みましょう。

    イヤなら、イヤでいいですよ。

    泣きたい時もありますよね。

    意味わからないけど、今あなたはそれがしたいのね。

    そんな心持ちを作り上げていきましょう。

    2 心の余裕はどう作るか?

    余裕を持つのって、精神的にも物理的にも大切です。お金も気になるし、時間も気になる。

    世の中気になることばかりで、とても余裕なんて生まれない。

    …そんなことも、ないのです。

    要は、気持ちの方向性なのです。

    「なんなんだ、こいつ。」と思ったら、

    自分に余裕がないと認識しましょう。

    そしたら、勝ちです。

    「余裕がないから、イラッとするんだよね。」

    と、対象に伝えてもいいかと思います。

    第一に、余裕がない自分を自覚。

    その後、やることやって息抜きをしましょう。

    わたしの場合、途中で投げ出してからまた戻るのは嫌です。嫌なことははじめに片付けてしまいましょう。

    3 忙しさに自分を忘れてしまうあなたへ。

    日々、育児や家事、仕事に明け暮れているからこそ、自分を蔑ろにしてしまいがちです。

    そんなときこそ、疲れたことを自覚して、自分を労ることが必要です。

    労ることで、物事を多角的に見る力が再生され、無駄にイライラすることが減っていきます。

    本来の自分が蘇る、とも言えます。

    大丈夫、手を抜くのではありません。

    一度自分を見返し、効率よく物事に対処していく力を再生させるための時間です。

    どこに何を投資するか、どこに時間を割くかはあなたのこころ次第。

    まずは、思い切ってやってみることを、お勧めします。

  • イヤイヤ期と思わず、親としての成長期だと思うこと

    忙しいから、楽しい育児を。

    こんにちは。

    年子を育てる30代です。

    毎日が矢のように過ぎていきますが、その中でわたしが子どもたちから教えられた、「待つ」ことの意義をご紹介します。

    子どもは親を育ててくれます。楽しいこともそうでないことも、一緒にいるからこそ、わかる気持ちがあります。

    育児に忙殺されている時は気付けませんが、少し自分と距離を置くことで見えてくるものがあります。

    1 「待つ」力

    子どもには「イヤイヤ期」という名のつく時期があります。うちの子どもの場合は、「ダメ」でした。お風呂も「ダメ」、着替えるのも「ダメ」、おむつ替えも「ダメ」。この「ダメ」攻撃に一時期はイライラさせられましたが、子どもなりにルールがあり、伝えたくとも伝わらないもどかしさも相まって、「ダメ」になるのですよね。

    うちは、まず「待つ」。

    イラっとしても、言葉で示して、待つ。

    はじめはとても時間がかかりましたが、今は「次これやったら、~するよ。待ってるからね。」の声かけの後、トコトコ行動してくれます。

    約1ヶ月の押し問答期間もあり、どうなることかと不安でしたが、子どももきちんとわかってくれることが親もわかって一安心。

    言葉は拙いけれど、子どもも1人の人間。そのことをしっかりとわたしたちに刻み込んでくる1ヶ月だったように思います。

    子どもにも個体差があり、何も言っても、待つのもダメ。そんなとこもあると思います。

    育児は日々更新されていきます。

    そのことを親のわたしたちが認識して、子どもの発信する「イヤ」とどれだけ向き合い、時には流して、やるべきことを取り上げられるか。

    今しかない「イヤ」を試行錯誤の中で迎えていくのも面白いものです。

    2 一緒にいられる時間

    どんなことも終わりがあることを考えると、自然と心の向き方が変わります。

    オムツを替えるのは、あと何回だろう?

    着替えを手伝えるのはいつまでだろう?

    一緒に絵本を読んでくれるのは、いつまでだろう?

    子育ては、いつか終わります。

    だから。

    だからこそ、一緒にいられる時間を、イラっとしても、ふとした時に、思い出したいですね。

    「あんなことも、あったよね」

    そんなふうに思える日が遠からず近づいています。それを考えると寂しくなります。

    だからこそ、いまを、大切にしたいですね。

    3 しんどいあなたへ

    育児と仕事に、やることは終わりが見えなくて、けれど誰も手伝ってくれなくて、どうしようもない時、ありますよね。助けてほしいとすら、思わず、「早く終わって」としか思えない時期もあるはずです。

    そんな時もあっていいと思います。

    イラっとしてもいいと思います。

    忘れないでほしいのは、その疲れた表情を、子どもが見ているということ。

    子どもたちは、本当によく見て聞いて、学んでいます。

    わたしたち大人のすること全て、アンテナを張っているかのように。

    純粋に、全てを吸い込みます。

    だから、親である「わたし」へ。

    まずは、「わたし」の機嫌をとりましょう。

    その一歩で、忙しさやしんどさの色が変化します。

    完璧なものはないからこそ、

    オリジナルを目指して

    日々を楽しく過ごしていける。

    そんな大人になりたいと、

    切に思います。

  • 選択の優位性と時間の質

    30代のメンタル強化

    こんにちは。

    年子を育てる30代です。

    育児と仕事をしていると、自分の中でうまく処理できない感情に出逢います。子どもの泣き声にイラッとしたり、上司や後輩からの言葉の裏側を想像してもやもやしたり、レジがめっちゃ並んでるのに、店員さんがゆっくりだったり…

    些細なことに自分の感情を逆撫でされて、疲弊する日もあります。

    前向きに考えたいのに、うまく切り替えられない自分が嫌だなあと思いつつも、モヤモヤ続行…

    こんな思考の時に、時間の意味変換方式が有効と言われます。

    わたしの中でどのように時間の意味変をしているか、少しご紹介します。

    1 時間を何に「投資」するか?

    時間は平等に、冷酷に同じ分だけ分配されています。そこで、イラっとする育児や仕事を、「やらなければならない」と思うと、時間が長く感じられます。これは「早く時間が経たないかな」とか、「早く終わって欲しい」と時間を気にすることで、より時間を意識することで起こる現象です。

    この、「やらなければならない」意識を、「やり終えたら楽しいことがある」に切り替えられるか。そこが時間の流れを自分のものにする、最大の転機となります。

    やりたくないけど、やり終えたら何か楽しいことがある。こうした意識の変化が、時間の質を高めていきます。

    質が高まることで、自分のメンタルも次の「楽しい」を目指して、前へと進みます。

    時間をどんな気持ちに投資しながら使うか。

    使い方次第で、1日の質も変わってきます。

    2 自分が変わることが大前提

    時間の使い方を自分の中でコントロールしながら、次は自分の整頓。

    時間は限られています。

    嫌なこともやらなければならないです。

    もうすぐ退社して子どもたちのお迎えも待っています。

    タスクが山積みな毎日を、どのように「楽しく」していくか。

    やはり、自分の意識の変化が重要となります。

    小さな変化でいいのです。

    たとえば

    • 早起きができた!
    • 朝ごはんをゆっくり噛んで食べた!
    • いつもより大きな声で「おはよう」って言えた!

    些細な自分の変化を楽しんでください。

    この積み重ねが、時間の質の変化につながり、他者を巻き込む上質な変化へと繋がっていきます。

    3 何を選んでも間違いではない

    うまくいかない時、うまくいってくる時、どんな時も人生は選択の毎日です。

    どちらを選ぶのが正解か。

    わたしは正解を選びたくて悶々としてしまいます。けれど、よく考えます。

    「どちらを選んでも、きっと後悔はあるし、失敗もある。けど、いまはこっちがいいと思うんだ。」という心持ちが、未来のわたしをいつも支えています。

    選ぶのは、現在の楽しみか未来の楽しみか。

    どちらを優先しても、間違いではありません。

    目の前にあるチョコレート。

    どうしようかなと思います。

    悩みますが、今回は未来の自分のしために、そっと棚に戻しておこうと思います。

  • 活字中毒の人へ 絵本のすすめ

    こんにちは。

    年子を育てる30代です。

    よく子どもと絵本を読みます。もともと活字中毒並みに本は好きですが、絵本は苦手。読み聞かせなど、とても無理。子どもの方が上手に読みます。絵本が好きな子どもたちは、休日に図書館を切望し、わたしもトコトコついていきます。そこで出会う絵本たち。絵本が苦手なわたしが気づいた、絵本の力をご紹介します。

    1 絵本は誰のためのもの?

    絵本から、読書が始まる。

    わたしはどこかでこれを聞いた記憶があります。

    小学生の頃、先生に好きな本は?と聞かれた時、絵本の題名を挙げました。

    暗唱するくらい、好きという言葉では足りないくらい、大切な絵本でした。

    けれど、先生は「それは絵本。絵本は子どもの本。聞いているのは、本だよ」と笑顔で遮られました。

    「?」わたしはまだ、よくわかっていないこともあり、曖昧に頷いていたように思います。

    今思うと、そんなことないですよね。

    時代は変わり、大人と子どもの線引きはとても難しくなっています。

    絵本は、誰のものでもない、その人の心に映る風景のようなものなのだと思うのです。

    思い出のかけら、とも言えそうです。

    絵本は、知識はもちろん、情緒や論理を伝えてくれます。

    絵を通して、その先にある風景を想像させる力を与えてくれます。

    だから、絵本は、止まらず、誰にでも門戸を開くのでしょう。

    2 「こども向け」っていつまで?

    子どもたちの絵本を読んでいると、「~才向け」の文字をよく目にします。

    初めての子育てのとき、この指標は助かりました。

    しかし、2歳の子どもは5歳向けの本も、0歳向けの本も、全て読みます。

    成長と共に、記憶の扉はどんどん大きくなり、絵本もどんどんそこに収納されている。と思っていたら、どんどん収納して、また出して、また閉まって。その繰り返しが成長なんだと気がつきました。

    「大人」の括りに入るわたしたちは、その収納を大きくするだけ大きくして、しまうだけしまって、取り出すことを忘れがちです。

    子どもたちや絵本は、本当に気づきを与えてくれる魔法を使うのですよね。

    3 こどもがいなくても、絵本をどうぞ。

    絵本は、誰にでも心を開いてくれます。

    あなたが、少しでも休みたいとき。

    少しでも、現実から距離を置きたいとき。

    悲しくて悲しくて、どうしようもないとき。

    嬉しくて、飛び跳ねてしまいたいとき。

    どんな時でも、何歳になっていても、

    絵本は、待っていてくれます。

    活字から少し離れながら

    絵本の世界を旅することも、悪くないと思います。

  • 登園しぶり 2歳児との闘いの日々

    こんにちは。

    パートナーと2人の子どもたちと、毎日少しずつ怒って泣いて、笑って成長しながら過ごしています。

    今回は、「登園しぶり」について。

    上の子は2歳。

    意志がはっきりしており、

    嫌なことは絶対イヤ。

    保育園も、「まだ行かない」。

    お外に出てしまえば、

    と思いつつ、毎日試行錯誤です。

    1 「行きたくない」なら「行かなくていいよ」?

    朝、ドタバタしながら

    なんとか保育園の時間までに準備完了。

    けれど上の子は「行かない」。

    …そうきたか。

    ここから、戦いのゴング、

    もとい、子どもとの知恵比べが始まります。

    もともと、

    お外も保育園も、すき。

    けれど、なにか引っかかることが、

    子どもの中にある様子。

    宥めすかして、

    選択させて、

    どうにかこうにか、

    毎日登園しています。

    登園しぶりが始まった時、

    「何かイヤなことがあるのかな」

    「体調悪いのかな」

    様々な気持ちが心をよぎりました。

    たまには休ませてもいいかな、

    と思う時も。

    親であるわたしの心の揺れを察知したのか、

    上の子は頑なになるばかり。

    何が正解なのか、

    わからなくて、

    同調したり、共感したりしながら、

    やっとこさ、連れていく。

    こんな毎日でした。

    仕事の始業が迫る中の朝の攻防。

    子どもも、子どもなりに

    まだ、行きたくないと主張します。

    どうすべきか。

    強行突破になった日もあったし、

    こちらが根負けして

    行かない日もありました。

    何が正解だったのか。

    いまのわたしが子どもに伝えられるのは、

    「行きたくないのはわかったよ。

    けど、わたしも仕事があるから、

    保育園に行くよ」

    これにつきます。

    2歳でも、人間。

    イヤイヤ言ってます。

    けど、わたしも仕事があります。

    わたしも、イヤイヤ言いたいですよ!

    だけど、頑張ります。

    だから、あなたもイヤだけど、

    保育園行きましょう。

    行かなくてもいいかなって

    思う日もありました。

    けど、それは誤学習につながります。

    たまには行かなくていい日もあると思います。

    メリハリをつけて、

    まずは大人(子供より年上なだけだけど)が、

    きっぱりと、

    「わかったけど、行くよ」

    このスタンスでいきましょう。

    2 「行きたくない」の裏側にあるもの

    我が家は朝、

    戦いが続いております。

    子どもは、登園準備ができると、

    「行きたくない」としぶります。

    なんで行きたくないのかな。

    この思考を大切にしたいと思います。

    イヤイヤ言いながら、

    結局は保育園に着きます。

    保育士さんに朝の様子をお伝えすると、

    よく来れたね、えらいねー。

    …なるほど。

    そうなのですね。

    こどもはわたしの感知すること以上に、

    何かを訴えたいけどうまく言えない。

    何もないけど、いやだった。

    さまざまな思いが心にあって

    それが言葉になると、

    「行きたくない」

    そうなんだね。

    胸にフッと入り込んでくる風を感じました。

    親であるわたしは、

    日々子どもたちによって、

    鍛えられ、成長させられています。

    子どもの言葉の真意は、

    とても深くて、

    とても純粋で、

    すぐに過ぎ去ってしまうもののように思います。

    だからこそ、

    保護者であるわたしは、

    子どもたちのイヤイヤも

    そうきたか。と思いつつ、

    一緒に悩んでいくことが大事である、

    と痛切に感じます。

    3 今しかない、イヤイヤさん。

    いつか、大人になってしまう、

    子どもたちへ。

    こんなことがあったんだよ。

    といつか伝えられるよう、

    今しかないイヤイヤと、

    否定はしないけれど

    線引きはして、

    子どもたちとパートナーと、

    一緒に悩んで、

    歩いて行きたいですね。

  • 自分の時間を生み出すために〜育児と家事と仕事との兼ね合い

    こんにちは。

    年子を育てる30代です。

    育児雑務、名もない家事、仕事…

    こんな日常の中、自分時間の確保は理想論でしかない。

    そんな気持ちでいました。

    しかし、このままでは楽しくない!

    どうにかこうにかして、自分時間の獲得を決めました。

    自分の時間、わたしはこうやって作ります。

    ステップ1 やりたいことは何?

    スマートフォンでも紙でもいいので、やりたいことを書き出します。

    迷ったら、書いておく。

    書く時間もいつでもいいのです。

    子どもたちがお昼寝している時、おもちゃを1人で集中している時、など、ふとした時に浮かぶ「あれやりたいなあ」を書き留めておきます。

    「やりたかったなあ」という気持ちも、忘れずにメモ。

    それはきっと自分の中で優先度が高くない、もしくはやりきれなかったことかもしれません。再チャレンジの機会も、自分に与えてあげましょう。

    ステップ2 頭の中の整理と実行

    「やりたいこと」リストができたら、まずは優先度を確認。

    取捨選択し、優先度を並べ替えます。やりたい順に番号を振る形でいいのです!

    そして、今日やるか今週やるか、今月やるか。

    いつやり遂げておきたいか、ゴールを定めます。

    体力と時間の相談ですが、ここで心のスイッチが稼働する人は実行のみ!

    わたしは、まだまだエンジンがかからないので次の段階へ。

    ステップ3 時間の確保

    時間を作り出すのって、言うは易し、です。

    具体的にどこから削り出すか。

    わたしは、朝とお昼寝のとき、夜を選びました。

    子どもたちは朝早く、5:30には目覚めます。

    なので、わたしは5時に起きます。

    しんどいけど、起きます。

    30分、自分のやりたいことをして過ごします。

    そうすると、子どもたちが起きてきた時、なんとなく心に余裕が生まれています。

    昼寝の時は、近くに本を積んで読書一択。

    夜は細々したことをやるため、特に何も決めずに、自由時間に。

    このルーティンが確立されたいま、心なしか、育児も家事も仕事もなんとかなる、そんな気持ちが強まっています。

    最後に

    たくさんのことを一度に担っている方々、本当にお疲れ様です。

    どんな時も自分優先、なんてできるのはほんのわずかな時しかないと思います。

    だからこそ、たまには自分をみつめ、思考を緩め、心を抱きしめましょう。

    そのための、自分時間。

    おすすめです。